後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

毒、美味しい

 まさかそんな。世間に疎い夏晴亮(シァ・チンリァン)でもさすがに分かる。先ほどの発言がとんでもなく失礼なことだと。

「どうしよう! 私解雇ですか! それなら最後に美味しい物を食べてから!」
「ええいッ相変わらず卑しい奴め! それならこれを食べてみろ」
任深持(レン・シェンチ―)様、それは」
「いいんですか! 食べます食べます。有難う御座います!」

――なんて気前の良い皇子だろう! お皿に載ってる料理全部食べていいのかな。

 もしこのまま暇をもらうことになれば、食べ物が一番の心配だ。この際、腹が千切れるまで食べてから辞めたい。口に入れようとしたその時、もう一つの扉から男が飛び込んできた。

「第一皇子! やはりお止めになった方が!」

 少々腹の出た中年の男だ。恰好から察するに、宮廷お抱えの料理人だろう。

「問題無い。この前の饅頭を食べた女だ」
「ですが、こちらは全部食べたら致死量になってしまいます」
「この量を全部食べるはずないだろう。三人前だぞ。なあ、夏晴リァ、ン……!?」
「んぐッは……ッ! まさか、皇子様の分残した方がよかったですか!」

 話の流れ的に食べていいのかと思い、男たちの会話をよそに夏晴亮は皿に盛られたほとんどを食べてしまっていた。

「全部食べた!」

 料理人がその場に崩れ落ちる。夏晴亮が慌てて走り寄った。

「大丈夫ですか? もしかして食べたかったとか……あとちょっとなら残ってますよ」
「違う!」
「何故お前は斜め上の反応をするのだ」

「違うんだ」
「本気か……」

 料理人を助け起こす最中も、料理の残りが気になってちらちらテーブルに視線を送ってしまう。任深持が息を吐いて言った。

「それならお前の食べっぷりに驚いただけだ。全部食べたいなら食べていい」
「やったぁ。では遠慮なく残りも頂きます!」
「今までも遠慮してないだろ」

 こんなに豪勢な料理は初めて食べる。味も文句の付けようがない。全ての皿を綺麗に平らげて腹を擦っていると、痩せた男が呻いた。

「まさか食べ終えてなお立っていられるとは……」
「だから言っただろう。私自身この目で見たと」
「ですが、実際確認しないと信じられるものではないでしょう」
「それで、実際に見た感想は?」

 男は夏晴亮を見て、眉間に皺を寄せて首を振った。

「未だに信じられません。が、信じる他ありません」

「はは。だろう?」任深持が意地悪く笑った。
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