後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

偽物の正体

 翌日も本物だった。その翌日は偽物だった。しかし、夕餉の前に王美文(ワン・メイウェン)が部屋に飛び込んできた。

阿亮(アーリァン)!」
「どうしました?」

 夏晴亮(シァ・チンリァン)を可愛がっている王美文だが、個人の部屋をいきなり訪ねてくることはなく、急な用事だと窺える。息を切らした彼女が焦った様子で報告した。

「たった今馬牙風(マァ・ヤーフォン)が廊下を歩いていたのだけれど、本物だったの。昼餉までは偽物だったのに」
「え! 一日で変わることもあるのですか!」

 さすがにその日で変化するのは想定外だ。彼に何が起きているのだろう。これは悠長なことを言っていられない。

任深持(レン・シェンチー)様に伺いましょう」
「でも、今は彼も一緒よ」
「今は本物の方ですから、聞かれても平気かと思います」
「そうね。もし、厄介事に巻き込まれているのなら、彼を救わなくては」

 二人の真剣な雰囲気を感じ取り、玩具で遊んでいた(ユー)が立ち上がる。

『わんッ』
「阿雨も付いてきてくれるの? ありがとう」
「あら、前に言っていた精霊さんね? ありがとう、宜しくお願いします」

 正妃と側室、付き人が二人、さらに雨と、大所帯ですぐ近くにある部屋の前に立った。

「行くわ」
「はい」

 なんとなく声を潜めて合図し合う。

「王美文です」

 扉を叩きながら声をかける。中から任深持の返事が返ってきた。

「何の用事だ」
「阿亮もいます」
「入れ」
「んふふ」

 夏晴亮の名前を出した途端の変わりように、王美文が笑ってしまった。しかし、今はこんな和やかにしている時ではない。表情を引き締めて扉を開ける。

「失礼します」
「揃ってどうした」

 任深持が椅子に座ったまま問う。横には馬宰相もいる。正妃曰く、今は本物の。

「失礼を承知して伺います。馬牙風についてです」
「私のですか?」

 思いがけず矛先が向かい、馬宰相がやや瞳を開かせる。

「はい。申し上げにくいのですが、お昼までの彼と今の彼……別人に見えます」
「……別人?」

 任深持が馬宰相を見遣る。馬宰相は真顔のままこちらを見つめている。感情は読めない。

「夏晴亮もそう思うのか?」
「あの、私には同じように見えます。普段馬宰相を細かく観察していないので……すみません」
「だろうな」
「でも、王美文様が嘘を吐いているとは思えません」

 きっぱり言い切った夏晴亮に、王美文が熱い視線を送る。味方はいる。あとは馬宰相がどう出るかだ。

「だ、そうだ。馬牙風」
「そうですね。別人と言われれば別人です」
「やっぱり!」

 あっけなく白状した彼に王美文の心臓が跳ねる。

「なら、昼餉までの貴方はどなたですか?」
あれ(・・)は私の精霊です」
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