後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

宰相の精霊

 あまりの予想外に、部屋が一瞬静まり返る。

「精霊!? 精霊というと、阿亮(アーリァン)のわんちゃんと同じということですか?」
「そうですね。私に化けているだけで、元の姿は鷹です」
「鷹!」

 すると、馬宰相が右手を前に差し出した。そこから靄とともに白い鷹が現れた。

「わあ!」

 驚いたのは夏晴亮(シァ・チンリァン)のみで、王美文(ワン・メイウェン)馬星星(マァ・シンシン)は辺りをきょろきょろさせていた。

「何、精霊が現れたの? 靄しか見えないわ」
「風兄ッ私も視たい!」
「修行してください」
「もう!」

 意地悪でも何でもない。視えないものは仕方がない。しかし、これでは二人は納得しないだろう。馬宰相が鷹に指示を出す。

(ユン)、私に変化(へんげ)しなさい」
『キィッ』

 短く鳴いた後、雲がに人に変化した。とこから見ても馬宰相そのものだ。見事な変化に歓声が上がる。

「私の名前は雲です。馬牙風様に仕えています」
「わッ声もそっくり。本人と並んでも、どこが違うのか分かりません」
「何を言っているの阿亮。目元が違くてよ」
「全然分かりません」

 二人で言い合っていると、馬宰相を手を一度叩いた。

「お静かに。これで納得して頂けましたか?」
「はい。でも、何故精霊を身代わりにしているのですか? はッまさか、馬宰相も暗殺の危険性があって逃げているとか?」

 その問いに横の王美文が拳を握り締める。彼に危険が及んでいるのなら、率先して戦うつもりだ。馬宰相は冷静に否定した。

「いいえ、単純に忙しいからです」

 思いがけない平和な解答に、張り詰めた空気が一気にどこかへはじけ飛んだ。

「忙しい……」

「私、元々皇帝に仕えておりまして、最近次期皇帝の補佐として任深持(レン・シェンチー)様に付くようになったのです。ですから、皇帝に関する仕事も残っておりまして、皇帝に付く日はこうして雲を代わりに付けております」

「なるほど」

 話を聞いただけでどれだけ忙しいのか想像出来る。王族、しかもほぼ二人分の身の回りの仕事をしているのだ。忙しくないはずがない。

「それにしても、精霊は変化出来るんですね。勉強になります」
「ごく一部の高等精霊のみですが。雨も修行を積めば可能ですよ」
「ええッ」

 夏晴亮が瞳を輝かせて雨を抱きしめる。

「阿雨すごい! 変化出来るようになったらお話出来るね!」
『わん!』
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