後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

それはいつから

 侵入者に窓から漏れた月光が当たる。それは確かに、王美文(ワン・メイウェン)付きの金依依(ジン・イーイー)であった。

 一瞬怯んだ金依依だが、ここは任深持(レン・シェンチー)の自室。加えて深夜。部屋の中に護衛はいない。金依依が再度凶器を向ける。任深持が不敵に微笑んだ。

「私が何も策を講じていないとでも?」

 寝台の下から何かが飛び出し、金依依に飛びかかった。(ユン)(ユー)だ。精霊が視えない任深持は、金依依がよろめいたことで事が上手く行ったことを理解する。そして、枕元にある小さな笛を鳴らした。

 細く高い音が辺りに響く。すぐに廊下が足音で騒がしくなった。その間も金依依と精霊の攻防は続き、やがて金依依の姿が薄ぼんやりしてきた。

「本来の姿に戻ろうとしているな?」

 間もなくして、目の前から姿を消した。消えたわけではない。精霊に戻ったことで、任深持が認識出来なくなったのだ。雲と雨が精霊を捕えているだろうが安心は出来ない。念のため盾で己を隠しながら、扉が開くのを待った。

「任深持様!」

 (マァ)宰相を始め、術師や軍人が入ってきた。術師が揉めている三匹を見とめ、精霊を法術を施した縄で拘束する。その縄に護符を貼った。

「お怪我は御座いませんか」
「ああ、心配ない。予定通りだ」

 馬宰相が声をかけると、落ち着いた返事が返ってきた。想定内とはいえ危険を伴うことだったため、無事な姿を見るまでは安心出来ずにいた。

「お連れしました」

 馬星星(マァ・シンシン)が王美文と夏晴亮(シァ・チンリァン)を連れてきた。王美文の顔は色を失くしており、今にも倒れそうだ。

「そこに、金依依がいるのですか……?」
「はい。任深持様のお命を狙ってのことです」
「そんな……!」

 王美文が涙をぽろぽろと零す。

「申し訳御座いません。全ては上司である私の責任で御座います」

 深々頭を下げる彼女に夏晴亮が歩み寄る。

「まさか、金依依が精霊だったとは夢にも思いませんでした」
「彼女はいつから王美文様に付いていたのですか?」
「ずっと昔から。精霊だという様子は一つも見受けられませんでした」

 その言葉に、馬宰相が一歩前に出て言う。

「ご安心を。金依依は精霊ではありません。というより、この者は金依依ではありません」
「なんですって!?」

 驚愕の事実にこの場にいた全員に動揺が走る。いつから金依依は金依依ではなくなったのか。それでは本物の金依依は今いったいどこにいるのか。
< 67 / 88 >

この作品をシェア

pagetop