後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

紋章

「何故、そのようなことが分かるのですか?」

「貴方様の国の術師に伝達の法術で金依依(ジン・イーイー)について伺ったのです。四日前に王美文の命で戻ってきて、またすぐに出ていったそうです」

「では、金依依とそこの者が入れ替わっていたということですか……!」

「そうです」

 王美文(ワン・メイウェン)の国まで、歩きでは四、五日かかる。彼女は馬に乗れないので、歩いていったはずだ。そうなると、初日から入れ替わっていたことになる。

「全然気が付きませんでした……でも、それなら金依依は罪に問われませんか?」

 任深持(レン・シェンチー)が正妃の顔を覗き込んで答える。

「問われるのは罪を犯した者のみだ。今日は遅い、ゆっくり休んでいろ。本物の金依依も捜索隊を派遣して保護しよう」

「有難う御座います! 有難う御座います……!」
夏晴亮(シァ・チンリァン)、貴方も休んで。詳しいことはまた明日に報告する」
「分かりました。宜しくお願いします」

 正妃と側室たちが退室する。これからに第一皇子と宰相が中心になって取り調べをするのだろう。

 なんとも不思議な事件だった。いつ入れ替わったのか、あの精霊は誰の指示で送られたのか。

 精霊は自らの意思で人間に化けることはまず考えられない。ましてや、後宮に侵入して皇子を狙おうなどと。こんなにも上手く溶け込めたということは、明確な殺意を持って事細かに精霊に指示したということだ。

 初めて身近に起きた殺人未遂事件は、夏晴亮の心に小さな傷を残した。


「さて、これがどこの間者かが問題だが。分かるか?」
「人の形を残していてくれたら拷問の仕様があるのですが」

 精霊の姿では情報を手に入れるのがかなり困難となる。しかし、変化は主人にい命じられなければしない。どうすべきか考えていると、体を調べていた術師が声を上げた。

「馬宰相、こちらに紋が押されております」

 猫の姿をした精霊が唸るが、法術を掛けられた縄で縛られているためどうにもならない。右足のところに紋が見えた。

「これは……」

 馬宰相の表情が曇る。

「何の紋章だ?」

 任深持が後ろから尋ねる。馬宰相には珍しく、言いたくないような、暗い表情を上司に向けた。

「恐らく、(ちょう)国のものかと存じます」

「超国だと?」

 馬宰相も俄には信じられず、何度も紋章の形を確認する。部下に歴史書を持ってこさせ、そこに描かれているものとも照らし合わせたが、寸分の狂いも無く、超国そのものであった。
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