後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

為すべきこと

 任深持(レン・シェンチー)がふらりと一歩後ずさる。

「どうしました? どこかお体の調子でも?」
「いや、平気だ」

 まるで毒だ。任深持は思った。じわじわと体中に染みていき、すでに時は遅し。もう、彼女無しでは生きられない。それが幸せだと思う。これが恋というものか。

「あとは菓子でも見ていこう。日持ちするものなら数日分買ってもいいな」
「やったぁ!」

 食べ物のことになると殊更反応が良い。嬉しくなる半面、ここに来るまでの生活が悔やまれる。任深持と出会うまでの夏晴亮(シァ・チンリァン)はどれだけ苦しく生きてきたのだろう。貧富の差があるのは仕方ないにしても、自分の力ではどうしようもなくなった時に頼れる場所があるといい。

──そういう施設を作るか。

 順調にいけば数年で皇帝となる。今以上に責任の重い毎日となるが、困っている人に直接手を差し伸べられるようになる。現皇帝も優しく民からの信頼はあるものの、保守的で新しいことに挑戦することはない。そこを少しずつ変えていったら、より良い国となる。

「任深持様、失礼します」
「なんだ」

 わざわざ買い物中に話しかけるのだから、急ぎの用事だろう。任深持が(マァ)宰相に振り返る。

「精霊に付けていた護符の気配が消えました」

 それに夏晴亮も反応する。

「気配が? 護符が破られたということですか?」
「おそらく。傍目では見えないようにしていたのですが、超国の術師に見破られたのでしょう」

 金依依(ジン・イーイー)に化けた精霊を使役しているのだから、相当な術師がいるとは想定していたが、もしかしたらそれ以上かもしれない。

「才国の武将だった人物とその部下で建てた国ですから、古代から伝わるこちらの法術の仕方は全て把握されていると言って過言ではないと思います」

 馬宰相の話を黙って聞いていた任深持が提案する。

「よし、戻って宮廷図書館にある歴史書を片っ端から調べるぞ」
「承知しました」

 任深持が夏晴亮へ振り返る。夏晴亮は覚悟した顔でそれを受け止めた。

「夏晴亮。買い物が途中になってすまない。続きはまた必ず」
「はい。楽しみにしています」

 二人が二人でいる時間はまだまだ何十年もある。今は国の為に、為すべきこと為そう。四人は宮廷へと戻っていった。
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