後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

隣国

 夏晴亮(シァ・チンリァン)が任深持に振り向きつつ、前を指差す。

「すごく良い匂いのお店があります……!」
「店……?」

 任深持(レン・シェンチー)が目を細めて確認してみるが、見える範囲に店らしきものは無い。

「ここはまだ地方都市にすら辿り着いていないところだ。店なんてどこにも」
「任深持様、あちらに白い何かが見えます」

 一番前にいた兵士が任深持へ報告する。彼の位置からここまでかなり離れている。そこからでも点のような小ささだと言っていた。任深持も先頭まで行き、どうにかこうにかその点を確認した。

「あれが見えるのか」
「最初は匂いで気付いたのですが、見えることは見えます」
「さすがに目が良過ぎないか」

 遠くを見続ける生活をすると目が良くなると聞いたことがある。夏晴亮はそういう毎日を送ってきたのだろうか。

「食べてもいいですか?」

 旅の中で食べる物は二日分の用意がある。任深持の分に限っては、保存食も合わせれば五日分程ある。しかし、今後何があるか分からないため、現地の食べ物を購入することも悪くない。

「いいぞ。危険が無いか確かめてくれ」
「承知しました!」

 任深持と夏晴亮、護衛に(ヂュ)大将が付き、件の店に向かった。
 店と言っても屋台のような簡易なもので、旅人相手に商売しているのだろう。店の主人が三人の身なりを見て顔を明るくさせた。

「これはこれはいらっしゃいませ。どうぞごゆっくり選んでください」

 商品を見遣れば、揚げ物と出来立ての饅頭、それに菓子が少しあった。旅人では持ち合わせていない、日持ちしない商品が多くある。商売上手だと任深持は思った。

「皆さんも召し上がりますか?」
「そうだな、多めに買って食べよう」
「では、揚げ物とお饅頭全部ください」
「有難う御座います!」

 すでに本日の店仕舞いが決定した主人が喜ぶ。試しに揚げ物と饅頭両方平らげた夏晴亮が毒が入っていない旨を小声で報告する。朱大将が軍を呼び寄せた。

「皆、食事休憩だ。好きな物を取ってくれ」

 まだ護符が示す場所は遠く、穏やかな雰囲気の軍人たちが店に群がり、順番に食べ物を取っていった。支払いを済ませた馬宰相も饅頭を一つもらう。最後に夏晴亮が主人の元へ行った。

「すみません。お菓子も少し頂けますか」

 こちらは夏晴亮の持ち合わせで払った。横では笑顔の軍人たちが世間話をしている。

──このまま、一人も欠けることなく戻れますように。
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