探偵は夢中で捜査中
幻想大学は幻想駅からすぐ近くだったので、迷わずに入ることができた。
広いキャンパス内には学生達が大勢いる。杏奈にばったり出くわさないように、慎重に歩きながらレムの嗅覚を頼りに追跡する。
すると、歩いていくうちに人気のない校舎に出てきた。中に入ってみると、それこそ人っこ1人いない。
「レム、どう?杏奈さんこの辺り?」
「そうですね。かなり近いと思います。例えばこの教室とか・・・」
すぐ横にあるドアを指差すと、中から声が聞こえてきた。
「あれ?杏奈、どうしたの?こんな朝からうちの部室に来て」
男性の声が聞こえてきて、レムと杏奈は慌ててしゃがむ。よく見れば、そのドアに付けられたプレートには薄い文字で『鉄道研究部』と書かれていた。
幸い、そのドアは細く開いていたので、廊下の壁に隠れながらこっそり覗くと、中の様子が見えた。
中には思った通り、杏奈がおり、向かいには杏奈と同じ年代の男性が紙袋を持って立っている。おそらくこの人物が慎也だ。
「急にごめんね。ちょっと慎也に聞きたいことがあって。・・・他の部員の人は?」
「いないよ。元々今日は部活の日じゃないし。
俺は荷物を置きに来ただけだから。それで、俺に聞きたい事って何?」
慎也は持っていた紙袋を棚の中に入れると、杏奈に椅子を勧めて、自分も座った。
杏奈は椅子に座った途端、話を切り出した。
「単刀直入に言うね。慎也、先週・・・と言うかもう先々週だけど、金曜日の朝、夢中駅にいたよね?」
「え!そ、それは前に違うって言っただろ?それに俺にはアリバイが・・・」
「そのアリバイは崩れたの。真ん中の線路の電車を通り抜けたんでしょ?そうすれば1分で乗り換えが可能だわ!」
「えぇ!どうしてそれを・・・」
慎也は見るからに慌てている。なるほど、杏奈の言っていた通り、本当に嘘が顔に出る人のようだ。
どう切り抜けようかと考えているのか、慎也は焦った表情で黙りこむ。
しかし杏奈は追撃をやめなかった。
今までモヤモヤしていた分、気持ちのタガが外れてしまったらしい。
「それに、私見ちゃったんだからね」
「見たって?」
「慎也が、女の人と一緒に歩いて行ったところ」
ぎくっと言う効果音が聞こえてきそうなほど、慎也は目を見開いて驚きの表情をした。
「私だって別に、女の人と一緒にいただけじゃ怒らないよ。でも、じゃあなんで嘘ついたの?どうしてアリバイなんて作ったの?」
「ちょっと待って!それには訳が・・・」
「それに、最近なんかよそよそしいし、遊びに誘ってもよく断るし、そんな時に見ちゃったから。
・・・その、あれなの?他に好きな人が出来たとか?
もう私のことは好きじゃないってこと?」
「違うって!それだけは絶対に違うよ!」
それまで何かと口籠もっていた慎也だったが、杏奈のこの言葉だけははっきりと否定した。
そして椅子を降りて、杏奈の前にしゃがみ込む。
「ごめんな、杏奈。こんなに不安にさせてるとは思わなくて。気遣い屋の杏奈が、自分の気持ちを言うの苦手なの分かってたのに。俺が悪かったよ。だからもう泣かないで」
慎也が杏奈の目元を親指で拭う。そこで杏奈は初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あ、ごめん・・・。泣いたりして。慎也を謝らせたい訳じゃなくて」
「分かってるよ。頑張って本心を言ってくれたんだよな。ありがとう」
そう言うと、慎也はおもむろに立ち上がる。
先ほど棚にしまっていた紙袋を持ってきて、再び杏奈の前にしゃがんだ。
「ちょっと早いけど、良いよな。杏奈、来月は引っ越しで忙しいし」
慎也はそう言って、紙袋を開ける。その中にはさらに小さい紙袋が入っており、そこには有名アクセサリーブランドのロゴが入っていた。
「誕生日おめでとう。あと、就職もおめでとう!」
そう言って杏奈に紙袋を渡す。反射的に受け取った杏奈だったが、驚きのあまり、涙も引っ込んだ。
「え、こ、これ高級ブランドのじゃない!どうしたのこれ・・・」
「いや〜最近めっちゃバイト入れたんだよね。大学院の進学の準備もあったから我ながら頑張ったわ」
それで誘いを断っていたらしい。
杏奈に内緒にしていたので、よそよそしかったのもそのためである。
「でも、なんでこれを部室に?」
「杏奈を驚かせたくて。部屋に置いてたら、杏奈が遊びにきた時に見つかるかも知れないだろ?」
「じゃ、じゃあ、あの女の人は・・・?」
「あれはいとこの姉ちゃん。俺、アクセサリーなんて全然分からないから買い物に付き合ってもらえないか頼んだんだよ。そしたら雑誌に載ってたカフェのモーニングを奢ってくれるなら行ってやるって言うからさ」
「それであの時間に駅にいたんだ・・・」
杏奈はひとりごちて、手元の紙袋を見つめる。
すると猛烈に恥ずかしくなってきた。
慎也はこんなに自分のことを思ってくれているのに。
このプレゼントだって、1ヶ月や2ヶ月バイトを増やしただけでは到底買えない代物だ。相当前から貯めてくれていたんだろう。
もちろん、お金のことだけじゃなく、全ての行動は杏奈を喜ばせるため、ただそれだけのためにしてくれたのだ。
それに比べて自分はどうだ。感情に流されて慎也を疑って、挙げ句の果てには泣いて責めて謝らせている始末。
何も周りが見えていない。彼の恋人として本当に恥ずかしかった。
「・・・慎也、本当にごめんね。疑ったりして。
私、慎也に嫌われてたらどうしようってそればっかり考えて、何にも見えていなかった。
慎也はこんなに私のこと想ってくれていたのに・・・」
申し訳なさから、慎也の目を見れず、杏奈は俯く。
慎也はそんな杏奈の頭を優しく撫でた。
「大丈夫大丈夫。俺怒ってないし、傷付いてもいないよ。嘘ついたのは俺が悪いんだし。
だけど、これだけは訂正させて。俺は杏奈を嫌いになんかならないよ。絶対に。
告白してくれた時から・・・いや、その前からずっと杏奈のことが大好きだからね」
それを聞いて杏奈の顔は火がついたように赤くなる。
慎也は嘘がつけないためなのか、平気でこう言うことを言うのだ。こちらの心臓がもたない。
「・・・もう。またそういう事言う・・・」
ゆでダコのように真っ赤になった顔をあげて、杏奈は慎也に抗議した。当の本人はケロッとした顔で「だって本当の事だから」と笑顔で言った。
「あと、杏奈は一つ勘違いしてる。このプレゼントは確かに杏奈のために買ったけど、半分は俺のためでもあるんだ」
「え?どう言うこと?」
「中の箱、開けてみて。そしたら分かるから」
杏奈は紙袋の中に入っている、リボンの掛かった正方形の白い箱を取り出す。
リボンを解いて箱を開ける。すると、中には濃い青色をした、ビロード製のケースが入っていた。
杏奈は息を呑む。てっきり、ピアスやブローチが入っていると思っていたのだ。しかしこの大きさではそのどちらも違うらしい。
期待と戸惑いを抱えながらケースを開けると、そこには銀色に光り輝く指輪が入っていた。
上品に宝石が散りばめられたそれは、綺麗。と思わず呟いてしまうほどに美しかった。
「・・・気が早いよな、俺も。でも、生半可な気持ちじゃないよ。俺は進学するからすぐには無理だけど、でも本気だからね」
この指輪の意味が分からないほど、杏奈も子供ではない。意味が分かるからこそ、信じられない気持ちだった。
「でも、なんで?どうして急に・・・?」
「俺の中では結構前から考えてたんだよ。それで、杏奈の就職が決まった時に、おめでとうって気持ちと同時に本格的に焦りもした。俺は院に行くから、今までと違って一緒にいる時間が少なくなる。もしかしたら就職先にもっと良い人がいるかも知れない。すぐに結婚できない俺と違って、もっと甲斐性のある人がいるかも知れない。そして杏奈もその人を好きになるかも知れない。
・・・そんな事考えたらさ、約束が欲しくなって」
慎也はバツが悪そうに頭をかいた。
「そんなの・・・私が慎也以外の人を好きになるなんて無いのに」
「でも杏奈だって、同じことを思っただろ?」
杏奈はウッと言葉に詰まる。そこを突かれると痛い。
「それでさ、どうかな?あっ、もちろんすぐには返事しなくて良いから。指輪買っちゃったけど、ほんとそこは気にしないで。杏奈の本音が聞けたらそれで───」
「よろしくお願いします」
焦ったように話す慎也の言葉を遮って、杏奈は食い気味に返事をした。
「・・・本当に良いの?」
「うん。考える時間なんていらないよ。だって私も慎也のことが、今までも、これからも、ずっと大好きだから」
慎也は照れたように視線を逸らしてから、ありがとう。と呟いた。
「あ、そうだ。私驚くばっかりで、肝心なこと言ってなかった」
杏奈は自分も椅子を降りて、しゃがむ。
慎也に視線を合わせると、満面の笑みで言った。
「慎也、プレゼントありがとう!驚いたし、すごく嬉しかったよ。これからもよろしくね」
杏奈が言い終わると同時に、慎也は杏奈をその腕に抱きしめた。
広いキャンパス内には学生達が大勢いる。杏奈にばったり出くわさないように、慎重に歩きながらレムの嗅覚を頼りに追跡する。
すると、歩いていくうちに人気のない校舎に出てきた。中に入ってみると、それこそ人っこ1人いない。
「レム、どう?杏奈さんこの辺り?」
「そうですね。かなり近いと思います。例えばこの教室とか・・・」
すぐ横にあるドアを指差すと、中から声が聞こえてきた。
「あれ?杏奈、どうしたの?こんな朝からうちの部室に来て」
男性の声が聞こえてきて、レムと杏奈は慌ててしゃがむ。よく見れば、そのドアに付けられたプレートには薄い文字で『鉄道研究部』と書かれていた。
幸い、そのドアは細く開いていたので、廊下の壁に隠れながらこっそり覗くと、中の様子が見えた。
中には思った通り、杏奈がおり、向かいには杏奈と同じ年代の男性が紙袋を持って立っている。おそらくこの人物が慎也だ。
「急にごめんね。ちょっと慎也に聞きたいことがあって。・・・他の部員の人は?」
「いないよ。元々今日は部活の日じゃないし。
俺は荷物を置きに来ただけだから。それで、俺に聞きたい事って何?」
慎也は持っていた紙袋を棚の中に入れると、杏奈に椅子を勧めて、自分も座った。
杏奈は椅子に座った途端、話を切り出した。
「単刀直入に言うね。慎也、先週・・・と言うかもう先々週だけど、金曜日の朝、夢中駅にいたよね?」
「え!そ、それは前に違うって言っただろ?それに俺にはアリバイが・・・」
「そのアリバイは崩れたの。真ん中の線路の電車を通り抜けたんでしょ?そうすれば1分で乗り換えが可能だわ!」
「えぇ!どうしてそれを・・・」
慎也は見るからに慌てている。なるほど、杏奈の言っていた通り、本当に嘘が顔に出る人のようだ。
どう切り抜けようかと考えているのか、慎也は焦った表情で黙りこむ。
しかし杏奈は追撃をやめなかった。
今までモヤモヤしていた分、気持ちのタガが外れてしまったらしい。
「それに、私見ちゃったんだからね」
「見たって?」
「慎也が、女の人と一緒に歩いて行ったところ」
ぎくっと言う効果音が聞こえてきそうなほど、慎也は目を見開いて驚きの表情をした。
「私だって別に、女の人と一緒にいただけじゃ怒らないよ。でも、じゃあなんで嘘ついたの?どうしてアリバイなんて作ったの?」
「ちょっと待って!それには訳が・・・」
「それに、最近なんかよそよそしいし、遊びに誘ってもよく断るし、そんな時に見ちゃったから。
・・・その、あれなの?他に好きな人が出来たとか?
もう私のことは好きじゃないってこと?」
「違うって!それだけは絶対に違うよ!」
それまで何かと口籠もっていた慎也だったが、杏奈のこの言葉だけははっきりと否定した。
そして椅子を降りて、杏奈の前にしゃがみ込む。
「ごめんな、杏奈。こんなに不安にさせてるとは思わなくて。気遣い屋の杏奈が、自分の気持ちを言うの苦手なの分かってたのに。俺が悪かったよ。だからもう泣かないで」
慎也が杏奈の目元を親指で拭う。そこで杏奈は初めて自分が泣いていることに気が付いた。
「あ、ごめん・・・。泣いたりして。慎也を謝らせたい訳じゃなくて」
「分かってるよ。頑張って本心を言ってくれたんだよな。ありがとう」
そう言うと、慎也はおもむろに立ち上がる。
先ほど棚にしまっていた紙袋を持ってきて、再び杏奈の前にしゃがんだ。
「ちょっと早いけど、良いよな。杏奈、来月は引っ越しで忙しいし」
慎也はそう言って、紙袋を開ける。その中にはさらに小さい紙袋が入っており、そこには有名アクセサリーブランドのロゴが入っていた。
「誕生日おめでとう。あと、就職もおめでとう!」
そう言って杏奈に紙袋を渡す。反射的に受け取った杏奈だったが、驚きのあまり、涙も引っ込んだ。
「え、こ、これ高級ブランドのじゃない!どうしたのこれ・・・」
「いや〜最近めっちゃバイト入れたんだよね。大学院の進学の準備もあったから我ながら頑張ったわ」
それで誘いを断っていたらしい。
杏奈に内緒にしていたので、よそよそしかったのもそのためである。
「でも、なんでこれを部室に?」
「杏奈を驚かせたくて。部屋に置いてたら、杏奈が遊びにきた時に見つかるかも知れないだろ?」
「じゃ、じゃあ、あの女の人は・・・?」
「あれはいとこの姉ちゃん。俺、アクセサリーなんて全然分からないから買い物に付き合ってもらえないか頼んだんだよ。そしたら雑誌に載ってたカフェのモーニングを奢ってくれるなら行ってやるって言うからさ」
「それであの時間に駅にいたんだ・・・」
杏奈はひとりごちて、手元の紙袋を見つめる。
すると猛烈に恥ずかしくなってきた。
慎也はこんなに自分のことを思ってくれているのに。
このプレゼントだって、1ヶ月や2ヶ月バイトを増やしただけでは到底買えない代物だ。相当前から貯めてくれていたんだろう。
もちろん、お金のことだけじゃなく、全ての行動は杏奈を喜ばせるため、ただそれだけのためにしてくれたのだ。
それに比べて自分はどうだ。感情に流されて慎也を疑って、挙げ句の果てには泣いて責めて謝らせている始末。
何も周りが見えていない。彼の恋人として本当に恥ずかしかった。
「・・・慎也、本当にごめんね。疑ったりして。
私、慎也に嫌われてたらどうしようってそればっかり考えて、何にも見えていなかった。
慎也はこんなに私のこと想ってくれていたのに・・・」
申し訳なさから、慎也の目を見れず、杏奈は俯く。
慎也はそんな杏奈の頭を優しく撫でた。
「大丈夫大丈夫。俺怒ってないし、傷付いてもいないよ。嘘ついたのは俺が悪いんだし。
だけど、これだけは訂正させて。俺は杏奈を嫌いになんかならないよ。絶対に。
告白してくれた時から・・・いや、その前からずっと杏奈のことが大好きだからね」
それを聞いて杏奈の顔は火がついたように赤くなる。
慎也は嘘がつけないためなのか、平気でこう言うことを言うのだ。こちらの心臓がもたない。
「・・・もう。またそういう事言う・・・」
ゆでダコのように真っ赤になった顔をあげて、杏奈は慎也に抗議した。当の本人はケロッとした顔で「だって本当の事だから」と笑顔で言った。
「あと、杏奈は一つ勘違いしてる。このプレゼントは確かに杏奈のために買ったけど、半分は俺のためでもあるんだ」
「え?どう言うこと?」
「中の箱、開けてみて。そしたら分かるから」
杏奈は紙袋の中に入っている、リボンの掛かった正方形の白い箱を取り出す。
リボンを解いて箱を開ける。すると、中には濃い青色をした、ビロード製のケースが入っていた。
杏奈は息を呑む。てっきり、ピアスやブローチが入っていると思っていたのだ。しかしこの大きさではそのどちらも違うらしい。
期待と戸惑いを抱えながらケースを開けると、そこには銀色に光り輝く指輪が入っていた。
上品に宝石が散りばめられたそれは、綺麗。と思わず呟いてしまうほどに美しかった。
「・・・気が早いよな、俺も。でも、生半可な気持ちじゃないよ。俺は進学するからすぐには無理だけど、でも本気だからね」
この指輪の意味が分からないほど、杏奈も子供ではない。意味が分かるからこそ、信じられない気持ちだった。
「でも、なんで?どうして急に・・・?」
「俺の中では結構前から考えてたんだよ。それで、杏奈の就職が決まった時に、おめでとうって気持ちと同時に本格的に焦りもした。俺は院に行くから、今までと違って一緒にいる時間が少なくなる。もしかしたら就職先にもっと良い人がいるかも知れない。すぐに結婚できない俺と違って、もっと甲斐性のある人がいるかも知れない。そして杏奈もその人を好きになるかも知れない。
・・・そんな事考えたらさ、約束が欲しくなって」
慎也はバツが悪そうに頭をかいた。
「そんなの・・・私が慎也以外の人を好きになるなんて無いのに」
「でも杏奈だって、同じことを思っただろ?」
杏奈はウッと言葉に詰まる。そこを突かれると痛い。
「それでさ、どうかな?あっ、もちろんすぐには返事しなくて良いから。指輪買っちゃったけど、ほんとそこは気にしないで。杏奈の本音が聞けたらそれで───」
「よろしくお願いします」
焦ったように話す慎也の言葉を遮って、杏奈は食い気味に返事をした。
「・・・本当に良いの?」
「うん。考える時間なんていらないよ。だって私も慎也のことが、今までも、これからも、ずっと大好きだから」
慎也は照れたように視線を逸らしてから、ありがとう。と呟いた。
「あ、そうだ。私驚くばっかりで、肝心なこと言ってなかった」
杏奈は自分も椅子を降りて、しゃがむ。
慎也に視線を合わせると、満面の笑みで言った。
「慎也、プレゼントありがとう!驚いたし、すごく嬉しかったよ。これからもよろしくね」
杏奈が言い終わると同時に、慎也は杏奈をその腕に抱きしめた。