氷川先生はダメ系。

4話

〇氷川宅・(夕)
   氷川宅に氷川の姉、京が訪ねてくる。驚く奈緒。
京「……あなた、誰?」
奈緒(こ、この綺麗なお姉さんは誰――!?)
京「……トオル? この子は?」
   明らかに不機嫌な京。
氷川「え、あ、っ……この子は……」
奈緒(え? このお姉さんは誰? もしかして、彼女さんとか……?)
   気を遣って口を開く奈緒。
奈緒「あっ、あのっ……私、星ヶ谷高校2年の葉月奈緒、といいます」
京「高校2年、ホシガヤコウコウ……」
   奈緒の言葉を考え、氷川に殴りかかる京。
京「こんにゃろー!! ついに教え子に手を出しやがったな!!」
奈緒(え? えええーーー!?)
   二人を止めに入る奈緒。
奈緒「ちょ、ちょっと待ってくださーーい!」

     ×  ×  ×

   落ち着いた様子の氷川と京。
   両者ともに髪型、服装が乱れ、揉み合った様子。
京「――で、あなたはトオルのお世話をしてくれていた、と」
奈緒「は、はい……」
京「で、お前はそれに甘えて片付けに料理もしてもらっていた、と」
氷川「は、はい……」
京「――はぁ」
京、大きくため息をつく。
京「本当に、呆れた」
奈緒「と、ところでお姉さんは、ど、どなたなんですか?」
京「え? あ、アタシ?」
   驚いたように訊ねる京。
京「私は、氷川京。トオルの二つ上の姉です」
奈緒(あ、お姉さんだったのか――!)
京「トオルが迷惑かけて、ごめんなさいね」
   申し訳なさそうな京。
氷川「……。」
京「ほら、あんたもなんか言う!」
   透の背中を叩く京。
奈緒「いいえ、私が無理言って押しかけちゃったので……先生も、断りづらかったと思います」
京「こいつ、顔と頭と、……多少運動神経はいいんだけど。それ以外はからっきしで。放っておいたら死ぬんじゃないか、って」
奈緒「アハハ……」
京「で、たまにいろいろ買い物したり、片付けしに来てたってワケ」
   呆れたように答える京。
京「で、」
京「教え子まで巻き込んで、どうするの、トオル。下手したらクビじゃすまないわよ」
   氷川をキッとにらむ京。
氷川「……ごめん、なさい」
京「まあ、こいつもこう言ってることだし。もうここには来ないであげて。これは姉からのお願い。迷惑かけて、本当にごめんなさい」
   京の言葉に言葉を詰まらせる奈緒。
奈緒(ここに来てから――。)
奈緒(いろいろなことがあった。今まで知れなかった氷川先生のこと、お姉さんのこと。そして――。)
   回想する奈緒。
奈緒(ご飯をおいしそうに食べてくれるところ。うれしい時は子犬みたいに目を輝かせること――。)
   顔を下に向けて立ち上がる奈緒。目にはうっすら涙が浮かんでいる。
奈緒「ご、」
奈緒「ご迷惑おかけして、すみませんでした。私、もう帰ります!」
   自身の思いを振り払うように玄関に向かう奈緒。
奈緒(私、まだ―――)
   氷川、出ていきそうな奈緒の手を取る。
   振り返って、顔を上げる奈緒。
   思わず、というような表情で、懸命に奈緒の手を握る氷川。
氷川「えっ、あ、……あのっ」
   必死に言葉にしようとする氷川。
氷川「あ、ね、姉さん。今回のことだけど……」
   黙って聞いている京。
氷川「姉さんの言うことは飲めない」
   きっぱりと言う氷川。
京「え?」
氷川「葉月、奈緒さんに会って、いま、すごく楽しいんだ。だから、まだ葉月さんと一緒にいたい、って、いうか……」
   大きくため息をつく京。
京「ダメったらダメ。第一、あなたは曲がりなりにも先生で、葉月さんは生徒なんでしょう?」
   何も言い返せない氷川。
奈緒「あ、あのっ! 私たち何もやましいことは!」
京「やましいとかやましくないとかじゃなくて、他の人にバレたらどう見られるかの話をしているの!」
奈緒「あっ……(顔を下げる)」
京「トオルが引き留めて、ごめんなさいね。あとは私が片付けておくから、葉月さんはもう帰って――」
   氷川が奈緒の手をぎゅっと強く握る。
氷川「姉さんが心配するのは、わかる。でも、」
   きっぱりと言う氷川。
氷川「まだ葉月さんのことを知りたいし、一緒に居たい」
   勢いにぐっと飲まれる京。
氷川「それでも、やっぱりダメかな?」
   京をじっと見つめる氷川。
京「……。」
   沈黙。
京「……はぁ。」
   呟くように語り始める京。
京「あなたがこうして人に興味を持つのって、いつぶりかしら?」
   回想する京。
京「昔から、化学の本とバスケは好きだったけど、それ以外はからっきしで。だれかに興味を持つなんてこと、これまでなかったのに―――」
   観念したような表情の京。
京「――わかったわ! ただし!」
   人差し指を立てる京。
京「誰に見られても恥ずかしくない付き合いをすること! いいわね?」
   顔を見合わせる氷川と奈緒。
氷川「……。」
奈緒「……。」
   うれしそうな表情になる二人。
二人「……はい!」

〇氷川宅・玄関(夜)
   奈緒が帰る間際。三人が会話する。
京「すっかり、遅くなっちゃったわね。……トオル、近くまで送っていきなさい」
氷川「わかったよ、姉さん」
奈緒「ありがとうございます。……それじゃあ、また!」
京「またね、葉月さん」

   またしても物陰に潜む影。
   氷川宅の前の電柱に隠れている綾瀬 杏。
杏「あの二人、やっぱり……」
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