冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



・・・どうしよう、行きたい



漠然とだけど東白学園に在籍している間は
此処から出ないとまで思っていたのに


ハッチに誘われただけで
アッサリとそれを撤回する気にもなる


案外チョロい自分に呆れたところで
頭の上にポンとハッチの手が乗った


「俺と出掛けるの嫌か?」


私を射抜く瞳は返事を躊躇う意図を読もうとしているみたいに細まる


「狡い聞き方ですよ」


「わざとだ」


「ふふ、自覚あるんですね」


「あぁ」


「外出許可を、申請すれば」


「外出許可が要るのか?」


「はい」


「面白い家族だな」


「いえ、家族じゃなくて寮生なので」


「寮生?」


「えっと、此処の寮ですけど」


「は?」


おっと、ハッチの鳩豆顔二回目だ


「寮があるなんて知らねぇぞ」


「私が入学した春に完成したんですよ」


「・・・俺の在学中じゃねぇか
そこから通ってるのか?」


「いえ、学園の敷地内にあるので
基本的にはずっと学園内に居ます」


「は?敷地内に寮が建ってる?」


余程驚いたと見えるハッチは
しばらく固まったのち

ポケットからスマホを取り出すと耳に当てた


「俺。東白に学生寮があるの知ってるか?
は?俺知らなかったんだけど、え?
へぇ、そうか・・・うん。じゃあまたな」


どうやら此処の確認だったようで
スマホをポケットに戻した


「花恋は特待生なんだな」


今の短い会話の中に学生寮の入寮基準も入っていたらしい


「・・・はい」


「親元から離れて寂しくないのか?」


「意外と平気ですね」


全てを話すには覚悟が足りない


「なぁ、次の土曜日出掛けないか?
中央図書館行って、食事しよう」


「申請してみますけど。食事って?」


「門限はあるのか?」


「一応休日の門限は夜の八時です」


「八時か・・・じゃあ
十時に迎えに来るからお昼ご飯を食べて
夕方には送るってのはどうだろ」


提案されたのは他の寮生もよく外出している時間帯


「・・・それなら、大丈夫だと思います」


「そうか、じゃあ申請が通ったら連絡が欲しい」


もう一度ポケットから出てきたスマホは
私の目の前に差し出された


「・・・えっと」


「連絡先交換しよう」


「私、携帯電話を持っていません」


「・・・希少生物だな」


「これまで必要がなかったので」


「寮に電話はあるのか?」


「ピンク電話があります」


「ピンク・・・、じゃあ番号を教えるから」


黒いスマホに表示された番号を
筆入れの中の付箋紙に書きとる


ハッチと出会ったことで初めてのことが増える


不安よりも期待の方が大きくて
そんな自分にまた戸惑った









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