ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
*
車に揺られながら桜葉は、昨夜のことを思い出しては照れと一緒に大きな幸せを噛みしめていた。
初めてだった桜葉に対して康太先生は優しく、けれども激しく何度も彼女を求めてきたのだ。
「桜葉、身体は大丈夫?」
「はい、…大丈夫です」
午前五時五十分──
本当はもう少し先生と一緒にいたかったが、今日は弟の弦気が午後まで部活があるのをすっかり忘れていた。
お弁当を作らなければいけないということでまだ早朝であるこの時間、先生に車で送ってもらっているというわけだ。
(…でも嬉しいな…今まで以上に康太先生に近付けたような気がする)
昨夜の夢うつつな事柄に一つ一つ浸っていると、あっという間に先生の車は桜葉の家へと着いてしまった。
「先生、送ってくれてありがとうございます。……それと、私のワガママも聞いてくれて…」
車を降りた桜葉は窓越しから覗き込むように先生へお礼を伝える。
「いや、俺も……結構もう限界を超えてたからね。──あ、あと今度、桜葉のご家族に一度挨拶させてもらいたいんだけど、いいかな?」
「…は、はいっ! みんな喜ぶと思いますっ」
「じゃあそれまではまだ内緒にしててね」
「はいっ」
クスッと笑った顔が愛おしい桜葉の姿に後ろ髪を引かれながらも、先生はゆっくり車を前進させ最後にお互い手を上げ別れたのである。
(──さぁ! 康太先生からの愛情もいっぱいもらったし、弦気のお弁当作り頑張りますかっ)
気持ちも新たに桜葉の足は家へ向かって歩き出す。
そして、この何気ない幸せがずっと続くものだと信じ疑いもしなかった──
この時までは。
──────…………
《《《 キキキィッッッッッッーー
ー!!
バァンッッッ!!……──────
*
「朝帰りかよ、姉ちゃん」
──『おぃっ! 女性が車に轢かれた
ぞっ!!』
「弦気!? あんたもう起きてたのっ」
──『きゅ、救急車だっ、誰か早く電話をっ!』
「当たり前だろっ。今日は大事な試合なんだから……それより、姉ちゃんの彼氏ってどんな奴なんだよ?」
──『ちょっとっ! あんたは怪我してないかい?』
「まだ内緒っ。…でも、近々皆に紹介できるかも!」
幸せそうな表情で弦気にそう伝え満面の笑みを浮かべる桜葉を見たのは──後にも先にもこれが最後となってしまうのであった。