ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





それは突然のことだった。


桜葉の親友でもある水樹が交通事故にあったのだ。
両足の複雑骨折、両腕の打撲──治るまでに時間がかかるとのことだが全治は難しく、足に多少の後遺症が残るという。

そして、その事故を起こしてしまったのが──康太先生だ。

桜葉の誕生日であった次の日、彼女を家まで送った後、先生は交通事故を起こしてしまったのだ、それも何の因果かその当事者は桜葉の友人、そして先生の元生徒でもある水樹であった。


事故から半年経った今でも桜葉は悔やんでしまう。
どうしてあの夜、先生と一緒にいてしまったのだろう、どうしてあの時間に帰ってしまったのだろう、どうして…──


「────ちゃ…」

(もし食事をした後すぐに帰っていれば……)

「──ねえ、ちゃ…」

(こんな寂しい想いはせずにいられたのかな…)

「姉ちゃんっ!」


スマホの画面と睨み合いをしながら、何度も悔やまれるあの日の出来事に意識が飛んでいた桜葉は、弦気の強い呼び声で我に戻った。

何度呼んでも返事がないことに心配した弦気が桜葉の部屋を訪ねてきたのだ。
返事がないだけで彼が心配するのにはそれなりの理由がある──それはここ半年ほど姉である桜葉の様子がおかしいから。

「……弦気? どうしたの」

「あ、いや…姉ちゃんの様子を──じゃなくて、そろそろ見舞いに行く時間だろって伝えにきたんだっ」

弦気のその言葉に慌てて部屋の時計を見やった桜葉は「ヤバッ…バスの時間が迫ってるじゃないっ」、などとボヤきながら急いで出かける準備を始める。

「…あー、そういえばさ…、前に言っていた姉ちゃんの付き合ってる人? あれから紹介も何もないけど…今、どうしてるの?」

ズボンのポケットに手を突っ込みながら姉の動きを見つめていた弦気が突然、桜葉に質問を投げかけてきたのである。
思ってもいなかった質問に桜葉の身体は一瞬強ばり動きが止まってしまう。

「……え〜別に〜、普通に過ごしてるけどぉ……どうして?」

何でもないように振る舞おうとする桜葉は強張った身体を再び動かそうとした。
しかし普通にしようと思えば思うほど声や顔が引きつってしまう。

「うん、いや別に……なんとなく? まぁうまくいってるんならいいやっ」

「大丈夫だよぉ〜。それより今日はちょっと遅くなるかもしれない、お義母さん達のことお願いね」

「あぁ、わかってる」




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