ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「あぁ、俺じゃなくて……倒れた君を見つけたのは俺の母親。母親が救急車を呼んで自分が入院している病院へ運んだんだ」

「……院瀬見さんの、お母さまが?」

(でも、何であのアパートにいたんだろう……偶然? けどそんな偶然って──)

口に手をあて話すのに少し躊躇していた岳は、浅い息を吐くと母親の事情を桜葉に話し始めたのである。

「── うちの母親さ、身体が弱いのと精神的に少し病んでるところがあってね。入院していても時々、看護師の目を盗んでフラッと外へ出ちゃうことがあるから……たぶん今日はたまたま桜葉さんのアパート近くにいたんだと思う。
俺も今日、用事があって病院に行ったら母親が桜葉さんに付き添っていたから驚いてね──で、事情を聞いてその後は俺の家に来てもらったんだ」

「そう、だったんですね。
なんか重ね重ね…スミマセンッ。
…あの、それでは今度、院瀬見さんのお母様のところへお礼に伺ってもいいでしょうか? 今回とてもお世話になったので」

「…あー、じゃあその時は俺に連絡して。俺も一緒についていくから」

「わかりました。
……で、あの、私…だいぶ体調も戻ってきたようなので、そろそろ自分の家に帰ろうかと。いつまでもお世話になりっぱなしじゃ悪いですし」

(──それになんだかそわそわして落ち着かない…院瀬見さんを好きな気持ちのままこんな状況……恥ずかし過ぎるっ)

部屋が薄暗くて助かった、と桜葉は思った。
なるべくいつもと変わらないように会話をしたつもりだが、この状況に桜葉の顔は起きた時からずっと火照って真っ赤なのだ。
岳の使っているベッドに今、自分が寝ているかと思うとなぜか身体が熱くなってくる。

(それに……微かに院瀬見さんと同じ良い香りがベッドからもしてくるし……このまま寝ていたら、院瀬見さんの腕の中に包まれてるみたいな変な気分になる…)

邪は考えを払拭するかのように桜葉がベッドから出ようとしたその時、突然岳の手が桜葉の額を優しく押さえてきたのである。
その瞬間、二人は同時に声を漏らしてしまう。

「「……あっ」」

岳が手をあてた拍子、まだ力が思うように入らなかった桜葉の身体は、岳の手に押さえられるがまま後ろへ──再びベッドへと倒れていってしまったのだ。




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