ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


(── 誰だろ?)

そう思いながらも、「は〜い」と返答しつつ急いで玄関のドアを開けに行くとそこには、可愛い洋服を身に纏った千沙がニコニコとしながら立っていたのである。

「え、あれ、千沙さん!?
どうしたんですか、まだ待ち合わせまで時間ありますよね?」

千沙の家は桜葉のアパートから少し離れているが、自営業の父親に車で送ってもらえるということで一応、桜葉のアパートで落ち合うことになっていたのだ。

そんな千沙は、淡いパステルカラーのような黄色いワンピースに白いカーディガンを羽織り、少しヒールの高いパンプスを履いていてとても大人っぽい装い。
入社して以来、桜葉が初めて見る格好だ。
もちろん化粧も大人風メイクに仕上げてきている。


「あ〜、何か落ち着かなくて早く来ちゃったのよ、って……え…、もしかしてさよちゃん。そのいつもの格好で行くつもりじゃ…ないわよね?」

「えーと、変…ですか?」

事の重要性を全く理解していない、あり得なぁぁいー!── とでも言いたげな表情を散らつかせた千沙は、「お邪魔しますっ」と一言だけ言うと桜葉の部屋へと勝手に押し入ってきたのだ。

「え、ち、千沙さん?」

「さよちゃんっ! 悪いけど持っている洋服、今すぐ全部出してくれる」

「ぜ、全部、ですか?」

「そう! ()()

何がなんだかわからないまま、桜葉は千沙に言われた通りクローゼットから今ある全ての洋服を引っ張り出してきた。
──と、言っても、桜葉が持つ洋服の数なんてたかが知れている。

「……えーと…ん? これ、だけ?」

千沙の目の前に出された洋服は上下合わせてざっと八着ほど、それもほとんどTシャツやジーパンばかりだ。

「さよちゃん、もったいないっ!
あなた、よくよく見ると元はそんなに悪くないんだから、若いんだしもっとお洒落しなくっちゃ!」

「えっと、お洒落も気にならないわけじゃないんですが……仕事では調理服を着ちゃうし通勤にはこの方が楽なのでつい……あ、でも一着だけ、よそ行きの洋服があるにはあるんですが」

そう言ってある洋服を手に取り千沙に見せると、最初は何やら考え込んでいた千沙も最終的には、「まぁ、これなら大丈夫か」とお墨付きをもらったのである。

「洋服はそれでいいとしてあとは……メイクと髪型は私がやってあげるから、さよちゃんは早くここに座ってっ」

「は、はい…よろしくお願い、します」

何故、突然このようなことになってしまったのかはよくわからないが、とりあえずここは千沙の言う通り大人しくしていほうが良さそうだと桜葉は思うのであった。



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