ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
暫しの間、スマホの画面を呆然と眺める桜葉の様子に違和感を感じた岳。
「鳴宮さん? …どうかした」
岳のその言葉に身体をピクッと反応させた桜葉は我を取り戻した途端、強張った表情を和らげようと慌てていつもの優しい表情を無理矢理作り出す。
「あ…すみませんっ。ちょっと友人から着信があったみたいで……少し席を外してきますね」
「桜葉さんも結構飲んでますけど、足元大丈夫っすか?」
「ありがとう潮くん。まだそんなに酔いは回ってないから大丈夫だよ」
桜葉はそれだけ言い残すと片手にスマホを持ちながら急いでその場を後にする。
そんなやり取りをなんとなく呆然と眺めていた千沙が突然、心配そうに桜葉を目で追いかける潮に対して反撃をしかけてきたのだ。
「潮〜、もしかしたらあれってぇ、恋人からの電話だったりしてぇ〜」
「えっ! 桜葉ちゃんって恋人がいるの?」
千沙のその何気ない一言に潮ではなく神谷のほうが驚いた表情で食い付いてきた。
(── 鳴宮さんに…恋人?)
千沙の言葉は岳の心中さえもザワつかせていく。
「あ、いや、それはわからないんですけど、な〜んかたまに物思いにふけってる時があるんですよね、さよちゃん」
(…なんだ……いるっていうわけじゃないのか──って…彼女に彼氏がいるかもってだけで何をソワソワしてるんだ、俺は。昨日から言っていることと行動が真逆じゃないか)
あべこべな自分のことが次第にわからなくなってきた岳は一旦思考を停止し、これから取るであろう自らの行動も深く考えることをやめた。
ただ、自分が今取ってしまっている行動やヤキモキするこの気持ちはきっと、岳の奥底にある本音であり願望なのであろう。
はぁっと溜め息を漏らした岳は静かに席を立とうとする。
いつもと様子の違った桜葉のことが心配で仕方がない。
「悪い、ちょっと手洗いに行ってくる」
神谷にそう言い残すと岳はトイレのある廊下の方へと向かっていった。
「あ、じゃあ俺もトイレに…」
「潮はダメェ〜〜! 私にお酒注ぎなさいよ〜」
「……ちょ、勘弁してくださいよ、水口先輩」
立とうとしていた潮の服の裾を力強く引っ張られた反動で潮はそのまま尻餅をつき、座る姿勢にまた戻ってしまった。
潮も桜葉のことが気になって仕方ないのだ。
この酔っぱらった状態の千沙に呆れた目を向けながらも、今すぐ駆け付けられないもどかしさで潮の胸は一杯になった。