ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





店の玄関を出るとすぐ目の前にはエレベーターが、右に曲がれば階段やトイレなどがある。
人気店なのもあって来る客、帰る客などが入り交じり玄関先ではなかなか人が途切れない。
けれども階段の方へ移動すると人の気配も少なくなり、電話をかけるのには丁度良い場所だ。

桜葉は暫し心を落ち着かせてから、一旦切れた電話番号の通話ボタンを押す。
彼女と話すのは数ヶ月ぶり── 出来れば今は会話するのを避けたい相手……でも話さないのも不自然な相手なのだ。

(はぁー……どうしよう。水樹(みずき)には幸せになってほしいと思ってるのに……まだちゃんと向き合えない自分がいる)

この一年、桜葉の中で少しずつ心の整理をつけていこうと思ってきた。
でも、時間が過ぎれば過ぎるほど自分の想いが思ったよりも根深かったということを逆に思い知らされてしまったのだ。

スマホのコール音が耳の奥底で鳴り響く度に桜葉の溜め息も増していく──


『──もしもし、さよ?』

「あ、水樹……ごめんね、今会社の人達とご飯食べに来ていて。何か用事だった?」

『あー、そっか。うん、特に用事ってわけじゃないんだけど…さよ、そっちに行ってからまだ一度も地元に帰って来てないしどうしてるかなって。
それに康太先生もさよのこと気にしてたんだよー。結婚式のことも相談したいし、今度一度帰っておいでよ』

中学からの親友でもある尾木 水樹(おぎ みずき)の口から()()()()という名が出た時、桜葉の身体は一瞬動揺するかのような微動を見せる。


(── 久しぶりに聞いたな……先生の名前)

上京してからも頭の中だけでは何度も登場していた先生の名前── けれど他人から直接その名を聞いたのは何ヶ月ぶりか。

「あー…うん。でも今ちょうど仕事が忙しくてまだしばらく帰れそうにないの、ごめんね水樹。
それよりも足の具合は…どう? リハビリは順調?」

『うん、完治までとはいかないけど、かなり歩けるようになったよ〜。康太先生も色々と助けてくれるし、これなら結婚式の準備も少しずつ進められそうなんだ。
……って、私のことよりもさよのほうは? そっちで格好いい人とか見つかった? 都会ってなんかキラキラ男子がいっぱいいるようなイメージだしっ』

「ううん、さすがにそんな簡単には見つからないよ」

(あ、でも仲良くなった人なら何人か出来たかな)

『そっか〜、そうだよねっ! そんな簡単に見つかったら苦労しないもんね〜。それ考えたら私は、ずっと好きだった康太先生と結婚出来て幸せ者かも。
── あ、ごめん、さよ…まだ飲み会の途中だったよね。それじゃあ、また仕事が一段落したら連絡ちょうだいね』

「……うん、わかった。じゃあまたね…」




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