ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
桜葉は首を傾げながらもふと、岳の額から滴り落ちる汗が視界に映った。
「あ、院瀬見さんすごい汗── あの、これ…もし良かったらどうぞ。
この場所、店内の端だからか蒸しっとした空気が溜まってなんか暑いですよねっ。
実は私も汗かいちゃってて…あっ、でもこのハンカチはまだ未使用なので遠慮なく使ってください」
様々な感情が急激に入り混じったせいでかなりの汗をかいてしまった岳に、そう言ってそっとポケットに忍ばせてあった薄手のハンカチを差し出す桜葉。
几帳面な彼女らしく、そのハンカチにはきちんとアイロンがかけられていた。
けれど、桜葉が言うほどこの場所は決して暑いということはない。
──のに、岳が気にしないよう冷や汗を暑さのせいにして自分も汗をかいて同じだと言う桜葉の言葉。
汗を指摘されるのは誰でも気分良くないだろうという桜葉の咄嗟的な判断……それでも敢えてハンカチを渡してくれたことに、それが彼女の気遣いだと岳は感じたのだ。
(なぜ彼女は相手の気持ちを先に読んでまで、こんなにも相手に気を遣うのか……)
桜葉の気遣いはとても優しいし嬉しい──が、少々心配な面も岳にはある。
(気を遣い過ぎて…自分が損することがなければ良いのだが)
だから返って、危なっかしい程の優しさを持つ桜葉の存在から目が離せなくなっているのかもしれない。
「ありがとう。ちゃんと洗って返すね」
そんな桜葉もまた、先日に続き岳の意外な一面が垣間見え話せたことにとても嬉しいと感じていた。
いつの間にか先程までのモヤッとした感情が薄れていっているようだ。
──けれども、
同じように桜葉の沈んだ表情が気になった人物は、なにも岳だけではない。
出遅れてしまったが潮もまた桜葉のことが気になり後から駆けつけて来た一人なのである。
しかし、当の二人が楽しそうに会話をする場面を見てしまった潮は咄嗟的に壁の影に隠れてしまう──嫉妬、もどかしさ、不安、独占欲……どの言葉が今の彼の心情に当てはまっているのか。
二人の仲の良さを見てしまったことで潮は逆に、ある決心をすることができたのだった──