白い菫が紫色に染まる時
「就職祝いありがとう。とりあえず、安心したわ。解放された~」

楓さんはそう言ってビールをごくごくと勢い良く、飲んだ。

「何が解放よ。本当の地獄はこれからよ。社会人なんて最初は地獄の日々なんだから」

就職が決まったばかりの大学生に向ける言葉としては、さらっと残酷なことを口にしていたが、桜さんは気にせずにご飯を食べている。

「ん、おいしい~。相変わらずすごいね。この手料理は死ぬまで食べていたいわね」

そして、私たち二人の頭を撫でた。撫でたといよりも、髪の毛をわしゃわしゃにされたと言った方が正確だろう。

「菫ちゃんも蓮も、お前らが就活の時は俺を頼れよ。桜さんじゃなくてな」

去年の鍋を囲む会でもそんなようなことを言っていた気がする。
確か、その時は、蓮くんに断られて拗ねていた。

全員がかなりお酒を飲んでいたからか、話が弾み料理もすすみ、夜も更けてきたので「楓さんの就活をお祝いする会」はお開きになった。
今日使った皿や調理器具などの洗い物も終えて、ひと段落し、そろそろお風呂にでも入ろうかと思っていたら、インターホンが鳴らされた。

誰か忘れ物でもしたのだろうか。
扉を開けると、楓さんがいた。

「どうしたんですか・・・・。忘れ物ですか?」
「そうそう。携帯ないことに気づいて、ここにある?」

とりあえず、彼を家に上げて一緒に探すが見つからないので、私の携帯で楓さんに電話をしてみることにした。
バイブ音を頼りに探してみるとベッドの下に携帯があった。
きっと何かの弾みで滑り込んでしまったのだろう。

「あったあった。ごめん、ありがとう」
「いや、大丈夫ですけど。気を付けてくださいね」

目的のものを見つけたので、すぐに帰るのだろうと思った。
しかし、携帯を見つけたにもかかわらず、楓さんはその場で立ったまま動こうとしない。

「どうしたんですか?」

覗き込んでみると彼は、真剣な表情をしていた。

「菫はさ、将来どうなりたいとか考えてる?」

突然の質問の意図がわからなかったけれど、今日の流れ的に就活の話をしたいのだろうと思った。

「あ、就活のことですか?いや、まだ全然。どういう業界がいいのかも決めてないです。そもそも、これといってやりたい仕事があって東京来たわけでもないですし・・・・。何か好きなものとかも、特にないので・・・・。それは、おいお・・、」
「将来、一緒になりたい人とかいる?」

私の言葉を遮るように言う。
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