白い菫が紫色に染まる時
陽翔の大学時代の友人の余興など、両親へ手紙を書く感動的な場面などあり、結婚式は無事に終わった。
結局、最後まで白澄に話しかける勇気は出なかった。

出版社の人たちとの二次会を断って式場から出た時、後ろから呼び止められた。
忘れることはない。
ハスキーな耳心地の良い懐かしい声。
彼が私の名前を呼ぶだけであの日の記憶が思い起こされそうになる。

「菫!」

私は一旦、深呼吸して振り返る。
彼は、急ぎ足でこちらに歩いてきていた。

「白澄・・・・・」
「久しぶり・・・、だな」
「うん・・・・。久しぶり」

ラインでは話していたが、やはりこうやって面と向かって久しぶりに会うとぎこちなくなってしまった。
陽翔の時は、そこまで緊張はしていなかった。

「綺麗になったな・・・・。うん。綺麗になった」

そう言われた瞬間、私の髪をさらうように強い風が吹いた。
彼の言葉が頭の中で何度も反芻した。

やはり、蓮くんの言っていた通り夜は冷える。
マフラーを持って来てよかったなんてことを思った。
紫のマフラーを広げて、ストールのように、肩にかけた。

「なに、前は綺麗じゃなかったってこと?」

この場の雰囲気を変えたくて、私から出た最大限の冗談めいた言葉だった。

「いや、そういう意味じゃなくて、前より綺麗になったってこと」

白澄が慌てて訂正するのが面白くて、笑いを耐えられなかった。

「冗談だよ。わかってる、ありがとう。でも、その言葉は日向に言ってあげないと」

そして、少しの沈黙の後、彼が意を決したように話し始めた。

「あのさ、この後二人で飯行かない?」
「え?いや、でも親族同士の付き合いあるでしょ?」
「いや、今日は主役が疲れてるだろうし、それは明日。今日はこれで解散なんだよ」
「いや、でも・・・」
「ダメか?」

ここで頑なに断るのも、変に意識しているような気がして、結局、白澄の提案を受け入れた。
そして、白澄はこちらの店にあまり詳しくないので、私がいつも使っている店に入ることにした。

「ここ、安くて美味しいの。だからよく漫画家さんとの打ち合わせとかにも使ってる」
「編集者やってるんだっけ?」
「そう。それで偶然陽翔に会って・・・・」

そのタイミングで先ほど頼んだコーヒーが運ばれてきた。
そして、店員がごゆっくりと言って去っていく。

「陽翔と菫が偶然再会してなかったら、俺たちもう一生会うことはなかったんじゃないかな」
と彼が切り出した。
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