青春の坂道で
 ボーっとして綾子が行ってしまうのを見送っている。 何だかいつまでも傍に置いておきたいような、、、。
でも下宿の隣の部屋は空いてないんだよなあ。 短大生だったかな。
うるさいあいつらの部屋なら空きそうだけどあそこじゃなあ、、、。 そんなことまで考えている。
 少し肌寒くなってきた通りを歩いてみる。 綾子と二人で歩いていたあの道、、、。
でもなぜか一人で歩いていると寂しいな。 なんとか下宿に帰ってきて夜の準備を、、、。
 軽く腹ごしらえをして居酒屋へ向かう。 先輩は今夜も上機嫌らしい。
「おー、一郎。 彼女はどうした?」 「ああ、明日の準備で下宿に帰りましたよ。」
「昨日はいいことしたんじゃねえのか?」 「残念だなあ。 何にもしてないっす。」
「面白くないなあ。 あれだけ仲がいいんだからエッチくらいしたかと思ったのに。」 「まだまだそこまでは、、、。」
「女は早く捕まえたほうがいいぜ。 取られちまうぞ。」 「そうですねえ。」
「暢気なやつだなあ。」 先輩は苦笑しながら暖簾を下げた。
 今夜もコンロに火が入りバイト連中の元気な声が聞こえる。 いつもの酔っぱらいが店に入ってきた。
「今日もたくさん入りそうだな。」 「たぶん、あのお姉さんも来るんじゃないか?」
「ああ、先輩のお気に入りな。」 「そうだそうだ。」
「いらっしゃーーい。」 どいつもこいつも元気がいいなあ。
 いつものようにバイト連中が歩き回っている。 あっちからこっちから注文が飛ぶ。
厨房では俺と先輩が話しながら料理を作っている。 「お前もうまくなってきたな。」
「まだまだですよ。」 「そんだけやれたらけっこうなもんだぜ。」
「そうっすか?」 「早く彼女を捕まえろ。 そしたらもっとうまくなるから。」
 という先輩はまだまだ独身で彼女候補も居ないらしい。 その日次第で生き方を変えるとかいう変な人だから付いていくのも難しいだろうなあ。
俄然、店内は盛り上がってきた。 常連さんがカウンターを占領しているらしい。
お互いに酒を酌み交わし世間話に花を咲かせている。 巷の居酒屋はだんだんと客が減っているというのに、、、。
 「いいじゃねえか。 他の店は他の店だ。 うちはうち。 それでいいじゃねえか。」 先輩は周りの店がどうなろうと気にしていないらしい。
世間では店で飲む人がだんだんと減ってきているという。 YouTubeを見ていても宅飲みが増えてきている。
そのうちに居酒屋自体が減っていくだろう。 それならそれでいい。
別の形に進化すればいいんだから。 でも現代人と呼ばれている平成世代とは関わりたくないなあ。
正直な話、やつらは日本人だとは思えない。 どっかの別の人種が紛れ込んだんじゃないのか?
 そう思いたくなるくらいに昭和世代と平成世代は違い過ぎるんだよな。 まったく社会観が違う。
だから出来れば関わりたくないんだ。 という俺だって平成生まれなんだけどな。
自己中 利己中 コン中では付き合えないよ。 だから綾子に引かれたのかもな。
 「今日は来ないのか?」 「たぶんね。」
「寂しいなあ。 あんなに飲める彼女が来ないなんて、、、。」 「学生で毎晩飲むのはきついよ。」
「お前は毎晩飲んでるのに?」 「それはバイトさせてもらってるから。」
「こいつーーーーー、持ち上げるんだからなあ。」 厨房の中も賑やかだ。
 その頃、綾子はというと銭湯から帰ってきて部屋で悶々としているのだった。 (一人きりなんて嫌だなあ。 早く何とかなればいいのに、、、。)
六畳の部屋の中であっちへコロコロ、こっちへコロコロしながら物思いに耽っている。 本を開いてもなぜか読みたいとは思えない。
 (電話してみようかな。) そうは思うがスマホを手に取って以来じっとしている。
(仕事中だよな。 だったら出ないか。) スマホを置くとまたまた寂しさが込み上げてくる。
どうしようもなくなった綾子は部屋を出て夜の道を歩き始めた。
 街灯が心細く瞬いている。 どっかで犬が泣いている。
少し冷たい夜風に背中を押されながら綾子は歩いている。 気付いたら太郎の前に立っていた。
 「こっちもお酒頼むよ。」 元気な声が聞こえる。
ドアの前で綾子は一瞬迷った。 (迷惑だったらどうしよう?)
彼女がもじもじしているとドアが開いた。 「来たの?」
「は、はい。」 頭を冷やそうと思ってドアを開けたら綾子が立っていた。
 「おいで。」 俺は優しく綾子を手招きする。
 そしてみんなに見えないように隅っこのテーブルに綾子を座らせた。 「日本酒でいいね?」
「はい。 でも、、、、。」 「金なら心配するな。 俺のバイト代から引いてもらうから。」
「いいんですか?」 「今日は特別だよ。」
 「おー、彼女が来てるじゃないか。」 森井卓也が囃し立ててくる。
俺は慌ててそいつの口を塞いだ。 「騒がれたくないから黙っててくれ。」
 卓也を厨房に行かせる。 すると先輩が歩いてきた。
「一郎、後は俺たちに任せとけ。 彼女はしっかりお前が守るんだぞ。」 「かっちょいいなあ。」
「お前なあ、こんな時におどけるなよ。」 「よろしく頼みます。」
「任せとけ。 付けは海鼠でいいか?」 「はい。」
 そんなわけで今夜も綾子は俺と飲んでいるわけだ。 どうもキスして以来、俺も忘れられなくなっているみたいだね。
しばらくすると筑前煮が運ばれてきた。 福岡じゃがめ煮って呼ばれてる料理だ。
 「美味しいなあ。」 熱々の煮物を食べながら日本酒を飲む。 こんな贅沢な時間が有るだろうか?
大学生だっていうのに二人して居酒屋で飲んでるなんて、、、。 まあさあ、俺のバイト先だからいいけど、、、。
綾子が来るようになって麻雀大会はすっかり縁遠くなっちまった。 たまには雑魚寝したいなあ。
 そこへまた戸が開いた。 「いらっしゃーーーーい。 店長のお気にが来られましたあ。」
「吉村、そんな大声で言うなよ。 馬鹿だなあ。」 「すいません。」
「ああ、こっちへどうぞ。」 入ってきたのはいつか店で寝ちまったあのお姉さんだ。」
 先輩はどっかソワソワしてる。 煮物を作りながら河井武夫に日本酒を持って行くように指示した。
「いらっしゃい。 ごゆっくりどうぞ。」 「ああ、ありがとうございます。」
 俺はというと綾子と話しながら飲んでいる。 店の鉢巻きをしているのに、、、。
あのお姉さんもそれを不思議そうに見ているらしい。河井が綾子を指差したら納得したように頷いた。
 カウンターにはいつものおじさんたちが座っていてさっきから大声で話し合っている。 「もうすぐ皐月賞だろう? 馬はどれがいいかなあ?」
「決まってるだろう。 ドラゴンフラッシュだよ。」 「そうかなあ? 今回はセカンドエミリーが行きそうな気がするけど、、、。」
「いやいやドラゴンは無敵だよ。」 「それは騎手が赤沢俊夫だったからだろう?」
「あいつは誰だっていい馬だ。」 話は尽きないらしい。
 俺たちはそんなおじさんたちの話を聞きながら3杯目の日本酒を飲んでいる。 「飲むなあ、あの姉ちゃん。」
「馬鹿。 一郎の彼女に手を出すな。」 「あの人って彼女だったんだ?」
「そうだよ。 だから先輩だって一郎さんに気を使ってるだろう。」 「そっか。 そういうことか。」
バイト連中は綾子を見ながらそんな話をしている。 「しょうもねえやつらだなあ。」
先輩も呆れ顔。 もてない男ってみんなそうなんだよなあ。
今夜もすっかり酔っちまったらしい。 俺も綾子もどっか幸せ気分である。
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