【完結】魔法学院の華麗なるミスプリンス 〜婚約解消された次は、身代わりですか? はい、謹んでお受けいたします〜


「なんだかやりずらいな。だってあの熊、あんなに可愛い――」
『グォオォォォォオ!』

 愛らしい顔で小首を傾げていた熊が、突然牙を剥き出しにして雄叫びを上げた。黒い目は炯々と光り、闘志を燃やしていて。その姿は野性的で可愛さの欠けらもない。
 そして熊は、どしどしと音を立てて猛スピードでこちらに接近してきた。

「ねぇ。あれのどこが可愛いって? ――防御(シールド)!」
「前言撤回。ぜんっぜん可愛くない! ――光の加護(プロテクション)!」

 セナたちはさっと後退して、防御魔法を発動させた。

 しかし、熊が爪を立てて腕を振るうと、一撃で防壁が破壊される。オリアーナはそもそも、魔法に関しては素人もいいところ。覚えたての魔法でまともにやり合える相手ではない。


 《――現れよ(イマージ)


 セナは指輪を外して、杖の形状に変化させた。闇をまとう杖を、熊に差し向ける。


 《――闇の槍(ランス)


 闇をまとった槍が無数に空中に現れ、熊に目掛けて飛んでいく。しかし、熊はどっしりとした体格のくせして軽い身のこなしで攻撃をかわし、槍のひとつを手に取ってこちらに投げ返した。
 オリアーナが跳躍して槍をかわせば、その切っ先が地面に突き刺さり地面が割れた。オリアーナは空中で一回転ふわりと身を返して着地する。

(――強いな。どうする、私)

 額に汗が滲む。オリアーナは変わらず自分の魔力を源に杖を出すことを禁じられており、ただでさえ弱いのに本来の能力を引き出すことができない。オリアーナは杖を捨てて――指輪を外した。

「レイモンド。お前何を、」


 《――形状変化(チェンジ)


 そう唱えると指輪は剣へと姿を変えた。剣を構えると、セナがいぶかしげに眉をひそめる。

「お前……まさか魔法を使わずに剣一本で戦うつもり……?」

 オリアーナは熊をまっすぐに見据えて佇む。

「そのまさかだよ。――援護は任せた、セナ」
「はいはい」

 オリアーナは魔法の素人。でも、幼いころからレイモンドと一緒に剣術を学んでいた。戦うなら肉体戦の方が慣れている。

 重みのある剣を構えて目にも止まらぬ速さで初撃を与え、熊が爪でその一撃を受け止める。その衝撃に地面を抉りながら後退する。熊が立て直すより先に剣を構え直し、頑丈な爪をばっさり切断した。熊は、鋭利な爪を失い、呻き声を上げる。
 もう片腕をこちらに振り下ろすが、オリアーナは空中に跳ね上がって攻撃を避けた。


 《――幻霧(フォグ)


 後ろからセナの声がしたのと同時に、黒い霧が熊の目元を覆い視界を阻んだ。目くらましのための幻術の類いだ。オリアーナは空中で、熊を見下ろしながら小さく呟いた。

「――すまないね」

 オリアーナは、上から身体をしならせながら剣を振るう。凄まじい衝撃に大気が震えた。鬱蒼と生い茂る木々が揺れて、葉がざわざわと音が立てる。まるで森が悲鳴を上げているようだ。

 鉄同士がぶつかるように鈍い衝撃音が辺りに響き渡る。次の瞬間、首を切り落とされた熊が地に伏していて、オリアーナはその上に一人佇んでいた。

 斬撃の反動で生じた風が、オリアーナのプラチナブロンドの髪をはためかせる。しばらくして、森が元の静寂を取り戻した。

「お見事。……どっちが化け物なのか俺にはよく分からないな」
「はは、褒め言葉として受け取っておくよ」
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