俺はこの幼馴染が嫌いだ

2話

　 突然だが、夜ご飯をあゆの家で食べることになった。
　経緯はこうだ。
　学校帰り、俺の元に母さんから一通のLIMEが入る。

「今日買い物した時に貰った福引券で、1等の豪華ペア旅行当たっちゃった！ 多分柚が家に着く頃には出発してると思う！
　それと、帰ってくるの明後日の夜だから！
　それとそれと、今日の夜ご飯は天乃川さん家に頼んどいたから！ まったね～！」

　ビックリマークを多用した舐めたメッセージの後、スーツケースを片手に持った父さんと母さんの写真が送られてきた。
　父さんは申し訳なさそうに片手でごめんねのジャスチャーをしていたが、母さんはニッコニコで写っていた。
　さすがは母さんだ。

「楽しんできてね」

　俺は一言そう返信した。
　そして今に至るわけだが……。

「あゆの家行くなんて中学生以来だよ……。
　はぁ……服装どうしよう……」

　俺はクローゼットから、出せるだけ服を引っ張り出した。

「これはどうなんだ……これは違うか……」

　1人でブツブツと呟きながら、鏡の前で色々な組み合わせを試してみる。
　しかし、普段適当に服を着ている俺はなかなか決めることが出来なかった。
　そんな時、ある組み合わせが目に止まった。

「この組み合わせって確か……」

　それは、白のTシャツに黒のストレートズボンというごくごく普通な組み合わせだった。
　しかし、そこに思い出が加わると一気に価値あるものへと変化する。
　これは中学2年のテスト期間の話。
　学校帰り、あゆが俺にこう言った。

「ねぇ柚、明日私の家で一緒にテスト勉強しない？」

「いいよ。明日土曜日だし」

　当然断る理由も無かった俺は、1つ返事で了承した。

「やった～！ じゃあ決まりだね！」

　ルンルンで帰るあゆとは対照的に、俺の頭の中は着ていく服のことでいっぱいだった。
　家に帰るとすぐに母さんの所に向かった。
　この時間はいつも、キッチンで夜ご飯の支度をしているはずだ。

「母さん、今ちょっと時間ある？」

「あら、柚おかえり。別に時間はあるけど、どうかしたの？」

　予想通り、母さんはキッチンで夜ご飯の支度をしていた。

「明日あゆの家でテスト勉強することになったんだけど……」

「なになに、それって自慢しに来たの？」

「違うよ！」

「冗談じゃんか～。そんなにすぐ怒っちゃだめよ」

　果たして、これは俺が悪かったのだろうか。
　少しモヤモヤした。
　しかし、俺には時間が無い。

「そんなことより、着ていく服選んでくれない？」

　俺がそう言うと、母さんは大笑いした。

「なんで笑うんだよ」

「ごめんごめん。理由が可愛かったからつい笑っちゃった」

　少し恥ずかしくなった。

「でも、柚が相談してきてくれたから、母さん頑張っちゃうぞ！」

「母さん……」

　なんやかんや頼りになる、そんな優しい母さんが俺は好きだ。

「じゃあ、あゆちゃんにLIMEしといたから、2人で服買いにいってらっしゃい。はい、これお小遣いね」

　母さんは財布から5000円札を取り出し、俺に渡した。

「ちょっと待って！ 急すぎるよ！」

　俺が母さんに文句を言おうとした時、インターホンが鳴った。

「残念！ どうやら時間切れみたいね」

　インターホンのカメラを覗くと、息を切らしたあゆが立っていた。

「もう分かったよ！ 行けばいいんでしょ、行けば！」

　勝手に俺の行動を決める、そんな母さんが俺は嫌いだ。
　諦めて黒色のお出かけ用斜めがけバッグを手に持ち、出ていこうとすると、母さんは笑顔でこう言った。

「勉強する前から気張ってたら、勉強する時に疲れちゃうでしょ。リラックスするのも兼ねて、楽しんできなさい。
　良い服見つかるといいわね」

　やっぱり、俺のために行動してくれる、そんな優しい母さんが俺は大好きだ。