龍騎士殿下の恋人役〜その甘さ、本当に必要ですか?

そっと、あたしの手に大きな手が重ねられた。


「顔をあげてください。あの時も言いましたが、私はアリシアが無事ならばどんな怪我をしたっていいのです。あなたが痛い目に遭うより、自分が痛い目に遭う方が遥かにマシですから」

そう言って、ヴァイスさんはあたしの手をゆるく握りしめた。

「で、でも…」

あたしがなおも言い募ろうとすると、ヴァイスさんはとんでもない事を言い出した。

「恋人、ではありませんか。私たちは」
「………」

確かに、ヴァイスさんには辺境の地で“恋人役”を頼まれた。結婚しろ、という周囲の重圧を跳ね返し誤魔化すため。

でもそれは、このブローチを胸につけるだけでいいんじゃなかったの?

さっきまで付き添っていた看護師さんも、あたしに気を使ったのか出ていってしまった。
誰もいないなら、演技をする必要はないのに。

「アリシア」
「!?」

突然、ヴァイスさんの手があたしの背中に回ると、ぐいっと抱き寄せられた。

ヴァイスさんに抱きしめられている……

そう認識した瞬間、頭が真っ白になった。

今まで、彼に抱きしめられたことは何度かあった。
でもそれは、危険なことから助けるためであって。こうして意識して抱きしめられた事はなかった。

「……よかった、あなたが無事で……あなたがバーミリオンから落ちた時、私も死ぬかと思うほど怖かったです」

また、だ。

また……ヴァイスさんは微かに身体を震わせていた。

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