【完結】「暁光の世から消えて死ね」 〜教会を追放された見世物小屋の聖女は、イカれた次期覇王の暫定婚約者になる。(※手のひら返しで執心されています)〜
(食べろということ? このまま、みんなの前で?)
そう、これはいわゆる「あーん」と口を開けて、相手から食べさせてもらう行為。しかし、あくまでも親しい者同士でおこなってはじめて成り立つものだ。
いくらシャノンがヴァレンティーノ家の人間に婚約者として名が通っているとはいえ、周りが考えるような甘い関係を築いているわけでもない。
(挨拶はするようになったし、たまに朝食を一緒に摂るようにもなった。でも、周りの人が思っているような、親しくなった感触はまったくないのに)
双子の昔話を聞いてから思っていた。
ダリアンが婚約者の立場をシャノンに提案したのは、おそらく通常の闇使いよりも多く吸収しているルロウの毒素を浄化するためのもので、そのために近づかせたのだろうと。
マリーとサーラの話によれば、ルロウは単独でクロバナの蔦が生える国境に赴き、繁殖スピードをあげている箇所の毒素を吸収したり、毒素によって凶暴化した魔物の討伐をこなしているという。
いくら覇王という異名まであるヴァレンティーノの次期当主とはいえ、さすがに抱える負担は度を超えている。それをダリアンは危惧しているのだ。
秘密の漏洩や保護も目的のひとつなのだろうが、ダリアンの目的はシャノンがルロウの婚約者となって彼に近づき、うまく浄化をおこなうこと。
(でも、ルロウ様はいつも一定の距離でわたしに接している。自分の婚約者ということで面白がってはいるけど、必要以上に近づかせようとはしない……)
だからこそ、ルロウからこうして近づいてくるのは稀なことだった。
(わたしがどんな反応をするのか観察しているみたい。恥ずかしいけど、ここは――)
周囲の視線を一身に浴びる中で、シャノンは目の前のクッキーを口に含んだ。
直後、肝が冷えたような、感心したような、複数の息づかいが聞こえてくる。
シャノンは羞恥心に耐え抜き、もぐもぐと咀嚼し、すべてを飲み込んでからルロウを見上げた。