白い嘘と黒い真実
それから暫くして、そろそろお邪魔しようと思い、私は身なりを少しだけ整えて、リップを塗り直し、洗面台の鏡で最終チェックをしてから玄関へと向かう。

これだけも既に恋する乙女みたいな雰囲気を醸し出してしまっているような気もするけど、深くは考えずにお米が入ったケースを抱えて部屋を出る。

そして、301号室の部屋の前まで辿り着き、深呼吸を数回してからインターホンを押して数十秒後。応答なしに部屋の鍵が開く音がして、今さっき心を落ち着かせたばかりなのに、一気に鼓動が早くなっていく。

「今度はどうしたんですか?」

そう言って、今日も気怠そうな表情を見せながらワイシャツ姿の澤村さんが中から出てきて、相変わらずの素っ気ない態度にチクリと心が痛む。

今朝は笑顔を見せてくれたので、もしかしたら友好的になってくれているのではと若干期待していたのに。
そんな事は何も無かったかのような振る舞いに、自分の考えがいかに甘かったかを思い知らされた。

「あ、あの。実は実家からコシヒカリが大量に届きまして。一人じゃ消費が大変なので澤村さんもどうかなって……」

どんな反応をされるのか怖くて面と向かって話す事が出来ず、私は視線を手元に向けたまま、おずおずとお米の入ったケースを差し出してみる。

「すみません。わざわざありがとうございます。米は丁度なくなりそうだったんで助かりますね」

すると、意外にも快く受け取ってくれた上、声にも明るさを感じられたので、私は嬉しくなって俯いていた顔を上げた。

「澤村さんは自炊するんですか?」

もしかしたら、これは話を広げられる絶好のチャンスかもしれないと。目を輝かせながら続けて会話を試みる。

「基本的に早く帰れる日には。それじゃあ、ケースは後でお返ししますので」
 
「ちちちょっと待って下さい!」

しかし、いつものように一言だけの返答で、早々に話を切り上げようとしたので、私は慌ててそれを引き止めようと、思わず扉に手をかけてしまった。

まだ何か?
というような目で振り向かれてしまい、やはり何も現状は変わらない事態にそろそろ心が折れてきそうになる。
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