敏腕社長との秘密の身ごもり一夜~身を引くはずが、迎えにきた御曹司に赤ちゃんごと溺愛されました~
それは断言だった。行きたいとか、会おうではなく。
私は首を振った。

「困ります」
「それでも……!」

要さんが一歩近づいた。伸ばした腕は私を抱き寄せようとしたのかもしれない。しかし、思いとどまったかのようにぎゅっと拳を握り、彼は手を下ろした。

「会いに行く」

私は頭を下げ、それ以上言葉を発することなくその場を辞した。何か言えば涙がこぼれそうだったからだ。

岩切製紙を出て、電車で帰路につく。マンションも月末には退去の予定だ。

あの人はあんなことを言ってはいけないのだ。結婚の予定がある人が、一度関係を持った女に未練を残してはいけない。
きっと彼は誠意の示し方を間違えている。今は申し訳なさから私に何かしたいと考えているのだろうが、離れていればいずれ忘れる。彼には綺麗な妻と、可愛い赤ちゃんができるのだ。

「困った人」

マンションまでの道を歩きながらようやく涙がこぼれた。
私は一晩だけ愛をもらった。そしてその証を授かった。
幸せだ。きっと、これからもずっと私は幸せだ。

愛した人と遠く離れ、この子と生きていこう。ふたりで幸せになろう。

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