例えばその夕焼けがどれだけ綺麗だとしても
絡み合う視線を、最初に解いたのは沙耶の方だ。


――訊きたいことは、いっぱいある。



ちゃんと立ち止まれたのか、とか。
あれから石垣とはどうなったのか、とか。
会社はどうなっているのか、とか。
どうやって、秋元家を追いやったのか、とか。
石垣の父親が、意識を取り戻した事は、勤め先に置いてあるテレビから流れるニュースで知ったが、関係はどうなっているのか、とか。


だが、憚(はばか)られる。


気不味い沙耶は、急に訪れた沈黙に、思わず俯いた。


「ありがとうございました。」
「――え?」



そこに振って来たのは、思いもよらない言葉。
弾かれた様に顔を上げた沙耶を、先程と同じように見つめながら、坂月は続ける。


「貴女のお陰で、俺は立ち止まれたんです。」


今度は、訊きたかった答えだった。
そしてそうであって欲しいと願っていたことだった。


「会社は、多少のごたつきはありましたが、諒が頑として要らないと言ったので、そのまま俺が任されていますが――」
「要らない??」


思わず話を途中で遮ってしまう沙耶。
坂月はそれを優しく頷いて受け止める。


「諒は、貴女の物を全て取り返したら、会社は要らないって言ったんです。」


言いながら、彼は静かに笑う。
それは、楽しくて笑う笑いとも、自嘲とも取れない――例えるなら昔を懐かしむ時に浮かべるような穏やかな笑い方だった。


「結局始めから俺の負け試合だったんです。最初から貴女と、諒には、敵わないって、分かっていたのに……どうして俺は、醜い思いばかり育ててきてしまったんでしょうね。」

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