例えばその夕焼けがどれだけ綺麗だとしても
一通りの家事を終え、家の鍵を閉めると、沙耶は自転車に跨った。
母の着替え等、荷物はリュックに入れて前かごに入れる。
走り出すと、動き出す風景は抜群に良かった。
直ぐ傍には田畑が。
遠くにはまだ薄化粧している山々が、連なっている。
天気は非常に良くて、まだ午前だというのに、暖かい日差しが降り注ぎ、もう直ぐ来る春を予感させた。
――結構気に入ってるんだよなぁ。
都心のごみごみした感じや、人間同士の希薄な結びつき、急かされているかのような時間の流れは、ここでは一切感じられない。
引っ越してきたばかりだし、また石垣や坂月の居る場所へ行くなんて到底考えられない話だった。
――通勤は無理よね。かといって、また駿を転校させる?ダメダメ、幾ら何でもかわいそうすぎる。編入試験も受けたのに、受け入れてくれた学校側にも迷惑がかかっちゃうし。
非現実的。
それに秘書に戻る気も、余りない。
ただ、問題は、譲り受けた秋元家の会社の運営だ。
一体何の会社をやっているのかも、知らない。
そして、沙耶一人では絶対にそれを管理できない。
ということは、やっぱり坂月の力が必要。
でもそれを借りるには、沙耶が、秘書に戻ることが条件なのだ。
「はぁぁぁ」
100m先、見えてきたお隣さんの家を横目に、また深い溜め息を溢してしまう。
その瞬間だった。
「あっ、秋元さん!!!ちょうど良かった!」
その家のご主人が、慌てて飛び出してきた。