例えばその夕焼けがどれだけ綺麗だとしても
通り過ぎていく景色に目をやると、石垣に無茶な注文をされて、雨の中走りまくった秘書初日の出来事が、思い出される。
あの日から、まだ一年も経っていない。
なのに、何故か懐かしく感じられ、沙耶はそんな自分を小さく笑った。
当時は必死過ぎて気付かなかったが、今冷静になって考えてみると、中々シュールな日々だった、と。
「着きましたよ。」
ぼんやりしていたせいで、廣井の声に反応するまで時間がかかったが、窓から廣井に視線を戻した所で、やっと我に返った。
「あっ、はいっ。」
慌てて、車から降りた先。
「もしかしたら買い物等で来たことがあるかもしれませんけど――ここです。」
「えっ!!」
見上げた施設は、テレビで何度も観た事があった。
アールデコ調の建物の随所には、シンボルとなる梟の細工が施されている。
そして、ずぶ濡れになりながら、店という店を駆け抜けたあの日、沙耶はここに立ち寄った記憶があった。
何故なら石垣の注文した店が、この地下の食品街にあったからだ。
「梟王(きょうおう)……」
老舗の百貨店。
沙耶自身の買い物で、ここに出向いたことは一度もない。