幸せでいるための秘密
 ネカフェで一晩過ごすという手があったなとぼんやり考えていると、彼は少し焦った様子で足早にお店へと入ってきた。

 ベルの音とともに自動ドアが閉まると同時に、年若い店員のひそひそ話が聞こえてくる。ねえ、あの人かっこよくない? 背も高いし、何より顔がすっごく綺麗。

「悪い、待たせた」

 波留くんが目の前に座るのに合わせ、私はほとんど水同然になったフラペチーノを飲み干した。時計に目をやる。着信を受けてすぐ飛び出して来なければ、こんな時間には着かないはずだ。

「こちらこそごめんなさい」

「中原が謝ることはない。いつでも呼べと言ったのは俺の方だ」

「でも、本当にごめん。自分で自分が情けないよ」

「あまり悲しそうな顔をするな。夕飯は食べたか? 早く帰ろう」

 自然な動作で私の鞄を持ち上げ、波留くんは先に店を出る。なんとなく隣に並ぶのがはばかられて、斜め後ろでまごまごしていると、

「酒は飲むか?」

 彼がわざわざ後ろまで顔を向けて話しかけて来るものだから、そっと隣まで足を進めた。

「飲もうかな。コンビニ寄っていい?」

「チューハイと日本酒なら多少用意してある。家の近くにコンビニがあるから、買い足したければ後で行けばいい」

「何から何まで申し訳ないです」

「前に椎名が来たときに置いていったんだ。俺ひとりじゃ減らないから、むしろ助かる」

 大通りを曲がった少し先の低層マンションの最上階が、今の波留くんの家だそうだ。

 見た目は至って普通のマンションだけど、部屋のドアを開けた瞬間、私は思わず息を呑んだ。

「広いね……」

「そうか?」

「それに綺麗。男の人の一人暮らしとは思えない」

 正直な感想だったのだけど、波留くんは「気を遣わなくていい」なんて笑っている。でも実際にこの部屋は、私が今まで住んでいた部屋とは比べ物にならないほど広くて、いつ誰を呼んでも恥ずかしくないくらいにきちんと整頓されていた。

「座って動画でも見ていてくれ。いま夕飯を用意する」

「えっ、波留くんが作るの?」

「当然だろ。これでも一人暮らしをしているんだ、料理くらいできるさ」

 冷蔵庫をのぞき込む波留くんのもとへ忍び寄ると、肩越しに優しい瞳と目があった。

「ええと、何かお手伝いできることがあれば」

「そう畏まらないでくれ。時間はかからないから」

「でもいきなり押し掛けておいて、座って待ってるだけっていうのも……あ、冷蔵庫見られるの嫌かな? それとも台所に立たれたくないとか」

「いや、そういうわけじゃ……なら、中原さえよければ、手伝ってもらえるか?」

 こわばった顔で大きく頷くと、波留くんは苦笑して「包丁は持たせられそうにないな」と呟いた。
< 13 / 153 >

この作品をシェア

pagetop