幸せでいるための秘密
 波留くんと二人で買い物に行くのは、ここ最近では二度目になる。

 一度目はルームシェアが始まった当初、私の部屋に置く家具を買いに行った時だ。あの頃はもう、私は彼に対して申し訳なさが溢れかえっていて、まっすぐ目を見て話すことすらできていなかったように思う。

 あれからもう一か月。

 慣れちゃいけないと思いながらも、私はこの奇妙なルームシェアにすっかり馴染んでしまっていた。もちろん相変わらず包丁は持たせてもらえないけど、それはそれで生活の一部として受け入れつつある自分がいる。

 それもこれも、悪いのはみんな不動産会社……ということにしよう。だって、あの後も何度か物件を見学に行ったけど、どこもかしこもおかしな環境ばかりだったんだもの。

「波留くんはいつもどんなお店で服を買ってるの?」

「正直、全然記憶にない。人が選んだものをそのまま着たり、勧められたものを買ったりしてきたから、特にこだわりもない」

 うーん、似合う服を考えずに買えるのはスマートな美形の特権なのかな。

 電車に乗って大型ショッピングモールに着いた私たちは、散歩もかねてお店の中をぶらぶらと歩いてみた。こうして他の人と見比べてみると、やっぱり波留くんはよく目立つ。すらりと背の高いシルエットに、顔を見ればモデル顔負けの綺麗さ。道行く人が目で追いたくなる気持ちもわかる気がする。

「ねえ見て、あのマネキン」

「ん?」

「波留くんに似合うと思うんだけど」

 お店の入り口のマネキンが身にまとっているのは、シンプルだけど形の良いシャツに、使い勝手のよさそうなアンクルパンツ。

 波留くんは特に興味も関心もなさそうな顔でマネキンの方を一瞥してから、

「じゃあ買うか」

 とまっすぐその店へ足を進めた。

「ちょ、ちょっと待って。試着しないの?」

「あまりしないな。中原は毎回するのか?」

「私は絶対するよ。試着しないと本当に似合うかどうかわかんないし」

 そういうものか、とでも言いたそうな顔で、波留くんは小首をかしげている。

 マネキンの前でまごつく私たちを見かねたのか、優しい顔をした店員さんが波留くんを試着室へ案内してくれた。ほとんど勢いに流されるように試着室へ押し込まれた波留くんが、ときどき不安そうに私を振り返るのが正直少し面白かった。

「デートですか? 彼氏さんイケメンですね」

 店員さんは悪気のない顔で笑っている。
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