幸せでいるための秘密
「えーと、彼氏っていうか……」

「あ、これから!」

「これからというか、その……」

 ただ買い物に来ているだけで、と言いかけた私を遮るように、シャッと試着室のカーテンが開いて波留くんが姿を現した。

 ほどよく鍛えた身体を覆うシャツ。長い足をさらに綺麗に見せるネイビーのパンツ。表のマネキンがそのまま歩いて出てきたみたいにぴったりで、思わず目が釘付けになる。

 ひらけた襟元から覗く鎖骨とか、ちらりと見える足首の男性らしい骨ばりとか、細かなパーツのひとつひとつが場違いみたいに色っぽい。

 ただのおしゃれな私服のはずなのに、見てはいけないものを見たような気持ちにさせられて、心臓がどきどき早鐘を打っているのがわかる。……なんだろう。なんか変だな、この気持ち。

「わあ! すごいお似合いですね!」

 店員さんの弾けるような声につられて顔を上げると、相変わらずちょっと困った顔で立ちすくむ波留くんと目が合った。軽く両手を広げてみて、でもその手をどうしたらいいのかわからなくなったみたいで、助けを求める子どもみたいにじっと私を見つめてくる。

「似合ってるよ」

 少し笑って私が言うと、波留くんはようやく表情を和らげ、

「よかった」

 と、安堵したように息を吐いた。

「じゃあ買うか」

「波留くんは気に入った?」

「動きやすいところはいいと思う。後は、中原がいいならそれで」

「服くらい自分の好きなものを着てほしいけどなあ」

 再び試着室へ戻ろうとしたら波留くんが、私の背後へ視線を向けるとぎょっと目を見張って足を止めた。思わず振り返ると、さっきの店員さんが両手いっぱいに服を抱えてキラキラ眩しく笑っている。

「お客様……次、こんなコーデはいかがですか!?」

 あまりにも圧の強い親切心に、私も波留くんも気圧されるまま頷くことしかできなかった。
< 28 / 153 >

この作品をシェア

pagetop