幸せでいるための秘密
 波留くんは私と、何もかもが正反対の人だった。

 弓道経験者の波留くんと、大学からの初心者な私。実家暮らしの波留くんと、一人暮らしの私。友達が多く先輩からも好かれている波留くんと、基本ぼっちで人と話すのが苦手な私。

 とてもじゃないけど同い年とは思えないようなハイスペックさに、最初は馴れ馴れしく話しかけてしまったことを大いに悔やんだものだった。でも、意外なことに波留くんは気さくに、積極的に私に声をかけてくれた。

 手袋のつけ方、弓を引く姿勢、狙いをつける方法。矢を放つとき左手の親指をしょっちゅう怪我する私に、左手用の皮手袋を勧めてくれたのも彼だった。

 彼の親切は弓道のことに留まらず、土地勘のない私に駅の歩き方を案内してくれたり、時には車を出してくれることもあった。いずれにしても、思い返せば過分な優しさだったように思う。

 それでも当時の私にとって、彼の存在は自然にかけがえのないものになっていった。私は彼を信頼できる友人と感じ、ごくごくシンプルで純な好意を胸の内に育んでいた。




 弓道部の夏合宿は、大学内の古い宿舎で行われる。

 基本は弓道場で弓を引き、朝昼の食事は施設で食べる。午後の練習を終えた後は、射場にお酒とオードブルを並べで連日連夜の大宴会。

 矢道の上に置かれた古いビニールプールの中には、大きな氷やお水と一緒にたくさんの缶チューハイが浮かんでいる。先輩方はここからお酒をとり、好きに飲みながら後輩に絡んでくるわけだ。

 多くの一年生はまだ未成年だから、お酒は飲めずにジュースとオードブルを軽くつつくだけ。日頃は厳しい先輩たちが、あられもなく羽目を外す姿を、私たちは他人事のようにぽかんとしながら眺めていた。

「百合香ちゃーん、飲んでる?」

「わっ」

 射場の隅でポテトを食べていた私の隣に、男の人がどかっと座る。確か経済学部の三年生で、何度か練習を見てもらった先輩だ。

 完全初心者である私は色々な先輩にお世話になっていたけど、この人の指導は特に印象に残っている。握り方がどうのと指を触ったり、背筋がどうのと腰を触ったり、的中したら頭を撫でたり、なんというか……飛びぬけてスキンシップが多かったからだ。

「先輩、私まだ未成年なので飲めないです」

「そっか、あはは! 百合香ちゃんは真面目だね~、そういうところが可愛いんだけど。まあどうぞ、一杯」

「あの、だから私」

「いいじゃん一口くらい。ジュースと変わらないよ? ほら」
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