幸せでいるための秘密
 アスファルトの小さな裂け目にサンダルを引っ掛けた私は、のけぞるように空を見上げたまま思い切り前へ倒れかかった――でも、身体は地面にぶつかる前に、待っていたように差し出された腕にぼすんと抱き留められる。

「ほら」

 満天の星空を背景に、波留くんが呆れたように笑っている。

「言っただろ、転ぶって」

「負けました……」

 照れ隠しで笑いながら私は立ち上がり、波留くんの腕の中から離れようとした。でも、できなかった。彼が両手でしっかりと、でも、とても優しく私のことを抱きしめていたから。

「中原」

 そっと私の身体を離し、波留くんは私の手を握った。

 真正面から向き合った彼の、見たこともないくらい真剣な……それでいて、隠しきれないほど緊張した眼差しがまっすぐに私を射抜く。

 熱をはらんだ生ぬるい夏風が、私たちの間を通り過ぎる。波留くんの黒いTシャツが風にめくれて、脇腹に伝う一筋の汗が街灯を反射してきらめいた。

「俺と、付き合ってほしい」

 ――私が育った高校において、恋愛というのは美男美女の特権だった。

 同年代の男女があれだけ集められた狭い部屋で、恋人という称号を手にするのは本当に一握りだけ。スクールカースト真ん中以下では、候補リストに名前がのぼることもない。

 だから波留くんの言葉は、私にとって人生初の告白だった。そして私が唐突な彼の告白に対し、なんの備えも持ち合わせていなかったのは言うまでもない。平たく言えば、私はそれまで波留くんを恋愛対象として見たことがなかったのだ。

 それでも私だって人並みに恋愛に対する興味はあった。少女漫画や恋愛小説を読みながら、いつか私もこんなふうに誰かを好きになってみたいと思いを馳せたものだった。

 だから私は、……今思えばまったく失礼な話なのだけど、波留くんのことを本当に好きなのかもよくわからないまま、彼の告白を受け入れたのだ。
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