幸せでいるための秘密
第七章 告白
「最初は――結婚式で、中原に再会したときだった」

 美咲の結婚式のことだ。私たちが数年ぶりに再会した、あの披露宴。

「椎名が里野の名前を出したとき、中原の様子がおかしかった。顔色が優れず、言葉の歯切れも悪い。まるで里野のことに触れられたくないみたいに、話を逸らして席を立とうとする。帰りに多少の寄り道もできず、かといって少しでも早く帰りたいという顔でもない。何かあるだろうとは思ったんだ」

 キラキラ輝く新婚の美咲と、汚いワンルームのアパートに帰る私。あの日は彰良と暮らす自分の姿が、惨めで情けなくて仕方なかった。

「次に橋本(美咲の旧姓)たちとケーキを食べに行った時。ここですべての事情を知って、はらわたが煮えくり返ると思った。中原を家政婦のように扱う里野にも、自分の現状を幸せなものだと思い込もうとする中原の姿にも。奪ってやろうと思ったのはその時だ。そのために、できることはすべてやった」

 ――百合香、本当に幸せなの?

 美咲の声が昨日のことのように鮮明によみがえってくる。好きな人と一緒に過ごせるなら、それが幸せだと思っていた私。好きという気持ちに消費期限があると知らなかった頃の私。

 苦い気持ちを嚙み潰す私を見つめたまま、波留くんは淡々と続ける。

「まず里野のことを調べた。里野の警察学校時代の同期がこの春何人か出世して、そのうち一人は里野の勤務する交番の署長に決まったらしい。里野自身は昇任試験を受けることすらできず、出世レースでは完全に出遅れている。最近はいつもイライラしていて、仕事帰りの風俗通いも目撃されている。いずれ中原と破局するのは目に見えていた」

 彰良の顔を思い出し、胸が少し苦しくなる。彼はそんなこと、私には一言だって相談してくれなかった。

「そうすると中原は同棲している家を出ていくことになるが、きみの性格上、逃亡先として新婚の橋本の家は選べない。実家は新潟で気軽に行き来できる距離ではない。ホテルに連泊できるような給料でもない。だからここで俺を選んでもらうために、叔父に……不動産屋を営んでいる椎名の父に頼んで、2LDKのマンションを急いで借りた」

「俺たち従兄弟なの。知らなかったでしょ?」

 場違いなくらい無邪気な笑顔で、椎名くんがひらひらと手を振る。

「家具家電を買い替えて、中原が転がり込みやすい環境を整えながら、しばらく機を伺った。いずれ俺から里野に接触するつもりだったが、結果としてそうする前に、中原は自ら里野の元を飛び出し俺を頼ってくれた」

 そこで一旦言葉を切り、波留くんは少しだけうつむくと、嬉しかった、と小さな声で付け加えた。
< 57 / 153 >

この作品をシェア

pagetop