幸せでいるための秘密
混乱する私を置いてけぼりに、二人の話は続いていく。でも、目覚めたばかりの私の頭は情報の奔流に溺れて、みっともなく混乱したまま全然理解が追い付かない。
「しかし、なんでそこまでして他人をコントロールしようとするのかね。俺には到底理解できないよ」
「別にコントロールしようとしてるわけじゃない。最善の選択肢をそれとなく用意しているだけだ」
「で、その道を無理やり選ばせているんでしょ? それをコントロールって言うんじゃないの?」
「失礼だな。茨の道を行かなくても良いよう脇道を拓いているだけだろ」
「だけ、ねえ。波留は中原のことになると頑固なんだから。ちょっとは学習しろよ、大学生の頃に同じことして振られてるくせに」
小馬鹿にしたように椎名くんが笑う。
波留くんは長いため息をつき、それから窓の外へ視線を向けた。開かれたカーテンの奥には都会の夜景が広がっていて、波留くんの瞳はそのさらに遠くを侘しそうに見つめている。
「百合香が幸せでいてくれるなら、傍にいるのは俺じゃなくていい。そう思ったから、俺は断腸の思いで別れを吞んだんだ。でもその結果どうなった? 百合香は里野みたいなクズを選んで、結局不幸になったじゃないか」
波留くんの右手の空き缶が、鈍い音を立ててひしゃげた。
「俺が最初から手放しさえしなければ、あんな思いはさせずに済んだのに」
そのとき、ガサッと唐突な物音が私のすぐ手元から聞こえた。ビニール製のティッシュボックスに私の指が触れてしまった音だ。
そしてその音は、深夜のひそひそ話を妨げるには十分だったらしい。二人の視線を頬に受けつつ、私は恐々としながら灯りの方へ顔を向ける。
「中原」
椅子を回転させて振り返った波留くんの顔は、怖いくらいにいつも通りの穏やかさだった。
「悪い。話し声で起こしたか?」
「ごめんね、中原」
平然と声をかけてくる二人に、なんて顔をして応えたらいいのかわからない。
今さっき目覚めたふりをするべきか。それとも、話の内容を追及するべきか。ぐるぐる混乱する頭が私をひたすら急き立てる。
「引っ越し……した、ばかりだったの?」
たどたどしく私が訊ねた言葉に、波留くんの表情が消えた。
「劇団って……歌い手にピットブルって、あれだよね。私の不動産巡りに付き合ってくれたときの。あれって、まさか……」
「…………」
頭の中に散らばっていたピースが、勝手に次々繋ぎ合わさり、ひとつの大きな恐ろしい絵面を私の前に突きつける。
いつから? どこから? まさか最初から?
私がこれまで歩いてきた道は、自分で選んだはずの道は、すべて波留くんが用意したものだったというの?
波留くんは本当に、本当に穏やかな眼差しをしていた。無言で椅子から立ち上がった彼が、私の方へと歩み寄る。自然と後ずさりした私の気を張った表情に気づくと、彼は私に手の届かないぎりぎりの位置で足を止め、その場に膝をついた。
「わかった。……すべて、話そう」
「しかし、なんでそこまでして他人をコントロールしようとするのかね。俺には到底理解できないよ」
「別にコントロールしようとしてるわけじゃない。最善の選択肢をそれとなく用意しているだけだ」
「で、その道を無理やり選ばせているんでしょ? それをコントロールって言うんじゃないの?」
「失礼だな。茨の道を行かなくても良いよう脇道を拓いているだけだろ」
「だけ、ねえ。波留は中原のことになると頑固なんだから。ちょっとは学習しろよ、大学生の頃に同じことして振られてるくせに」
小馬鹿にしたように椎名くんが笑う。
波留くんは長いため息をつき、それから窓の外へ視線を向けた。開かれたカーテンの奥には都会の夜景が広がっていて、波留くんの瞳はそのさらに遠くを侘しそうに見つめている。
「百合香が幸せでいてくれるなら、傍にいるのは俺じゃなくていい。そう思ったから、俺は断腸の思いで別れを吞んだんだ。でもその結果どうなった? 百合香は里野みたいなクズを選んで、結局不幸になったじゃないか」
波留くんの右手の空き缶が、鈍い音を立ててひしゃげた。
「俺が最初から手放しさえしなければ、あんな思いはさせずに済んだのに」
そのとき、ガサッと唐突な物音が私のすぐ手元から聞こえた。ビニール製のティッシュボックスに私の指が触れてしまった音だ。
そしてその音は、深夜のひそひそ話を妨げるには十分だったらしい。二人の視線を頬に受けつつ、私は恐々としながら灯りの方へ顔を向ける。
「中原」
椅子を回転させて振り返った波留くんの顔は、怖いくらいにいつも通りの穏やかさだった。
「悪い。話し声で起こしたか?」
「ごめんね、中原」
平然と声をかけてくる二人に、なんて顔をして応えたらいいのかわからない。
今さっき目覚めたふりをするべきか。それとも、話の内容を追及するべきか。ぐるぐる混乱する頭が私をひたすら急き立てる。
「引っ越し……した、ばかりだったの?」
たどたどしく私が訊ねた言葉に、波留くんの表情が消えた。
「劇団って……歌い手にピットブルって、あれだよね。私の不動産巡りに付き合ってくれたときの。あれって、まさか……」
「…………」
頭の中に散らばっていたピースが、勝手に次々繋ぎ合わさり、ひとつの大きな恐ろしい絵面を私の前に突きつける。
いつから? どこから? まさか最初から?
私がこれまで歩いてきた道は、自分で選んだはずの道は、すべて波留くんが用意したものだったというの?
波留くんは本当に、本当に穏やかな眼差しをしていた。無言で椅子から立ち上がった彼が、私の方へと歩み寄る。自然と後ずさりした私の気を張った表情に気づくと、彼は私に手の届かないぎりぎりの位置で足を止め、その場に膝をついた。
「わかった。……すべて、話そう」