幸せでいるための秘密
聞き慣れない洋楽。変わらない信号。沈黙の車内。
唇を固く結んだ波留くんの横顔が、渋滞する道路を静かに睨み据えている。さっきから彼は一言も口を開かないまま。耳底に響くエンジン音だけが車内に静かに続いている。
(波留くん、怒ってる……?)
どうして彼が何も言ってくれないのか、私はそればかりを気にしていた。もちろん、なぜ椎名くんではなく波留くんが迎えに来てくれたのかも気にはなる。でも、それ以上に不安を煽るのはこの沈黙と表情だ。
形の良い眉を険しくひそめ、ため息と呼吸の中間みたいな吐息をふぅと漏らしながら、波留くんはどこか遠くをじっと睨みつけている。
(そういえば、波留くんと二人きりって久しぶりだな……)
この一週間、私はずっと椎名くんと二人で過ごしていた。疲労回復という名目で海外ドラマを一日中見たり、椎名くんが持っているゲームを借りたり、あらゆる娯楽を山のように享受してぐうたら生活をしていたと思う。
そしてその間、波留くんはいつもどおり毎日仕事に出かけていた。ハードワークをこなす彼が、だらけきった私の姿を見て何を思うかは想像に難くない。
三人分の夕食を作ったあの夜を思い出し、身体の奥がまだ冷え始める。私が楽しく、かつ波留くんに喜んでもらえればと思って挑戦したことだけど、思い返せばちょっと軽率だったかもしれない。
(うう、胃が痛い)
私の両手は自然と膝へ。説教を受ける子どもみたいに肩が縮こまってしまう。
「仕事が」
突然波留くんが口を開いた。
ワイパーの音にもかき消されるくらい小さく、低い声だった。
「早く終わったんだ。だから迎えに来た」
「そ、そっか。ありがとう」
再び沈黙。
どうしよう。すごく気まずい。これ以上話が続かない。
波留くんも波留くんで会話を繋げようとはせず、揺れるワイパーをただ無言で眺めている。伏せ気味のまつげが微動だにしないのがすごく綺麗で、そして怖い。
「……あれ?」
思わず声が漏れたのは、いつの間にか窓の外を流れる景色が見慣れないものに変わっていたからだ。椎名くんの家へ向かう道でも、波留くんの家につながる道でもない。
「帰り道、こっちじゃないよね」
「そうだな」
「どこか行くの?」
「…………」
戸惑う私をそのままに、車は海岸線沿いをまっすぐに進んでいく。そうしてやがて、道端にぽつりと作られた駐車場でようやくその足を止めた。海浜公園という名前こそついているものの、遊具もなければ芝生もない、ただ綺麗な浜辺へ降りられるだけの小さな小さな公園だ。
淡い夕暮れが見渡す限りの水平線に広がっている。人の姿がほとんど見えないのは、たぶんついさっきまで雨が降っていたからだろう。
波留くんが車を降りたのに倣って、私も濡れたアスファルトに立った。波留くんは私がついてきているのを確認しながら、浜辺の方へと石の階段を下りていく。
ざあざあと波音。
雨上がりの少し肌寒い空気が心地よい。
唇を固く結んだ波留くんの横顔が、渋滞する道路を静かに睨み据えている。さっきから彼は一言も口を開かないまま。耳底に響くエンジン音だけが車内に静かに続いている。
(波留くん、怒ってる……?)
どうして彼が何も言ってくれないのか、私はそればかりを気にしていた。もちろん、なぜ椎名くんではなく波留くんが迎えに来てくれたのかも気にはなる。でも、それ以上に不安を煽るのはこの沈黙と表情だ。
形の良い眉を険しくひそめ、ため息と呼吸の中間みたいな吐息をふぅと漏らしながら、波留くんはどこか遠くをじっと睨みつけている。
(そういえば、波留くんと二人きりって久しぶりだな……)
この一週間、私はずっと椎名くんと二人で過ごしていた。疲労回復という名目で海外ドラマを一日中見たり、椎名くんが持っているゲームを借りたり、あらゆる娯楽を山のように享受してぐうたら生活をしていたと思う。
そしてその間、波留くんはいつもどおり毎日仕事に出かけていた。ハードワークをこなす彼が、だらけきった私の姿を見て何を思うかは想像に難くない。
三人分の夕食を作ったあの夜を思い出し、身体の奥がまだ冷え始める。私が楽しく、かつ波留くんに喜んでもらえればと思って挑戦したことだけど、思い返せばちょっと軽率だったかもしれない。
(うう、胃が痛い)
私の両手は自然と膝へ。説教を受ける子どもみたいに肩が縮こまってしまう。
「仕事が」
突然波留くんが口を開いた。
ワイパーの音にもかき消されるくらい小さく、低い声だった。
「早く終わったんだ。だから迎えに来た」
「そ、そっか。ありがとう」
再び沈黙。
どうしよう。すごく気まずい。これ以上話が続かない。
波留くんも波留くんで会話を繋げようとはせず、揺れるワイパーをただ無言で眺めている。伏せ気味のまつげが微動だにしないのがすごく綺麗で、そして怖い。
「……あれ?」
思わず声が漏れたのは、いつの間にか窓の外を流れる景色が見慣れないものに変わっていたからだ。椎名くんの家へ向かう道でも、波留くんの家につながる道でもない。
「帰り道、こっちじゃないよね」
「そうだな」
「どこか行くの?」
「…………」
戸惑う私をそのままに、車は海岸線沿いをまっすぐに進んでいく。そうしてやがて、道端にぽつりと作られた駐車場でようやくその足を止めた。海浜公園という名前こそついているものの、遊具もなければ芝生もない、ただ綺麗な浜辺へ降りられるだけの小さな小さな公園だ。
淡い夕暮れが見渡す限りの水平線に広がっている。人の姿がほとんど見えないのは、たぶんついさっきまで雨が降っていたからだろう。
波留くんが車を降りたのに倣って、私も濡れたアスファルトに立った。波留くんは私がついてきているのを確認しながら、浜辺の方へと石の階段を下りていく。
ざあざあと波音。
雨上がりの少し肌寒い空気が心地よい。