幸せでいるための秘密
波打ち際を並んで少し歩いてから、ふいに波留くんは足を止めた。一歩前へと出た私が振り返る。波留くんは、怒るというよりつらそうな、苦しそうな表情で、私の足元をうつむき加減に見つめている。
「いきなり連れてきて、悪かった」
長いまつげが一旦伏せられ、険しいままにまた開いた。
「二人で暮らしていた時が、本当に楽しかったんだ。ただのルームシェアだとはわかっていたけど、俺にとっては朝起きるだけで幸せで、何もかもが新しくて」
「…………」
「もちろん椎名には感謝しているよ。いきなりだったのに事情も全部飲み込んだ上で、なんでも力になってくれた。本当にありがたいと思ってる。ただ」
そこで言葉を切り、波留くんはこぶしを小さく握った。
「どうしても……二人きりになりたくて」
海から吹く冷たい風が、彼の黒髪をざあと巻き上げて消えていく。
切れ長のまなざしに宿るのは、いつもの余裕ある笑みじゃない。焦り、苛立ち、羞恥……いろいろな感情がないまぜになって、今にも爆発してしまいそうな、少年のような彼の素顔。
そして、それを見つめる私の顔だ。
「俺が仕事をしている間、きみはずっと椎名と二人でいただろう。仕事を終えてきみの寝顔を見ていると、椎名がいちいち教えてくるんだよ。今日はあんなことをやった、こんな話をして笑ったって」
「うん……」
「それは仕方のないことだと、他意はないんだと、頭では理解できる。でも、気持ちの方はやっぱりつらくて……どうしてそこにいるのが俺じゃないんだろうと、やりきれない思いがした」
そこで一度言葉を切り、波留くんは軽く目を伏せた。
胸にわだかまる苦しみの奔流を、必死で抑え込んでいるように見えた。
「運転しながら、ずっと考えていたんだ。このまま真っすぐ家に帰れば、また三人で過ごすことになる。だから、家へ帰らない口実とか、このまま二人で出かける言い訳とか、少しでもいいから何かないかって」
「…………」
「でも何も思いつかなくて、気づいたらこんなところまで車を走らせてた。結局きみに何も言わずに、攫うみたいな真似をして……」
短い前髪をくしゃとかき上げ、波留くんは声を押し殺すように、低く、短く言い捨てた。
「格好悪い……」
「いきなり連れてきて、悪かった」
長いまつげが一旦伏せられ、険しいままにまた開いた。
「二人で暮らしていた時が、本当に楽しかったんだ。ただのルームシェアだとはわかっていたけど、俺にとっては朝起きるだけで幸せで、何もかもが新しくて」
「…………」
「もちろん椎名には感謝しているよ。いきなりだったのに事情も全部飲み込んだ上で、なんでも力になってくれた。本当にありがたいと思ってる。ただ」
そこで言葉を切り、波留くんはこぶしを小さく握った。
「どうしても……二人きりになりたくて」
海から吹く冷たい風が、彼の黒髪をざあと巻き上げて消えていく。
切れ長のまなざしに宿るのは、いつもの余裕ある笑みじゃない。焦り、苛立ち、羞恥……いろいろな感情がないまぜになって、今にも爆発してしまいそうな、少年のような彼の素顔。
そして、それを見つめる私の顔だ。
「俺が仕事をしている間、きみはずっと椎名と二人でいただろう。仕事を終えてきみの寝顔を見ていると、椎名がいちいち教えてくるんだよ。今日はあんなことをやった、こんな話をして笑ったって」
「うん……」
「それは仕方のないことだと、他意はないんだと、頭では理解できる。でも、気持ちの方はやっぱりつらくて……どうしてそこにいるのが俺じゃないんだろうと、やりきれない思いがした」
そこで一度言葉を切り、波留くんは軽く目を伏せた。
胸にわだかまる苦しみの奔流を、必死で抑え込んでいるように見えた。
「運転しながら、ずっと考えていたんだ。このまま真っすぐ家に帰れば、また三人で過ごすことになる。だから、家へ帰らない口実とか、このまま二人で出かける言い訳とか、少しでもいいから何かないかって」
「…………」
「でも何も思いつかなくて、気づいたらこんなところまで車を走らせてた。結局きみに何も言わずに、攫うみたいな真似をして……」
短い前髪をくしゃとかき上げ、波留くんは声を押し殺すように、低く、短く言い捨てた。
「格好悪い……」