幸せでいるための秘密
*
「いらっしゃいませ。どのようなお花をお探しですか?」
「お見舞いで……長く入院している方に贈るものなんです」
あら、お見舞い。店員さんはそう繰り返すと、少し首をかしげて店頭に並んだお花を何本か手に取る。
「それなら、フラワーアレンジメントがおすすめですね。お見舞いはこれから行くご予定で?」
「はい、そのつもりです」
「それならすぐにお作りいたしますよ。イメージの写真や、お花のご希望はありますか?」
言われてようやく、なんの考えも用意しないまま来てしまったことに気がついた。イメージ。イメージ。……正直、どんなお花でも彼に似合いそうで、逆になんにも浮かばない。
「ええと……おまかせで」
申し訳なさそうに小声で言うと、店員さんは少し笑って傍らの雑誌に手を伸ばした。色々なお花が詰め込まれたフラワーアレンジメントの写真を片手に、次から次へとお店のお花を慣れた手つきで選んでいく。
完成まで座って待つよう促され、私は傍の丸椅子へ腰かけた。店員さんはお花を抱えて奥の作業台へ向かうと、
「あらやだ。机の上が《《おおばら》》だわ」
と言って、上に散らかる荷物を除けた。
退院されていたらどうしようかと思っていたけど、彼はまだこの病院にいるらしい。受付の女性は私を見るなり心からほっとした顔をして、
「どうぞ、最上階へ」
とエレベーターのボタンを押してくれた。
相変わらずの高級ホテル感。先日何気なく宿泊費用を調べたけど、文字通り目玉が飛び出るような金額だったのは言うまでもない。
奥の部屋の扉をノックする。ややあって、ひどく不機嫌そうな「何?」という声が聞こえてきて、私は心を奮い立たせるように腕の中のお花を抱きしめた。
「おじゃましまーす……」
扉を開け、ゆっくりと部屋を見回す。
彼は――桂さんは、ベッドの上に横たわったまま私の方へ顔を向けた。
久々に見る天使の顔。ガラス玉みたいにきれいな瞳が、私を見るなり幽霊でも見てしまったみたいに見開かれる。
「なんで」
「お、お久しぶりです」
桂さんが身体を起こすと、彼の膝に乗っていたタブレットがずるりとベッドの上へ落ちた。
シーツにぎゅうと爪を立てて、桂さんは私の顔を凝視する。それから、ふいに顔を歪めると、
「もう、来ないのかと思った……」
ほとんど消え入りそうな声で、絞り出すようにそう言った。
あまりにも切ない姿に胸がぎゅうと痛み出す。私が椎名くんに送迎してもらっている間、彼はたったひとり、この部屋でずっと待っていてくれたのかもしれない。
「すみません。ちょっとその、ストーカーのことでバタバタしてて」
「そう。そっちは落ち着いたの?」
「はい、おかげさまで解決しました。それで……これ、駅前のお花屋さんで作ってもらったんです。良かったら」
鮮やかなオレンジ色を中心に、色とりどりの花が詰め込まれた小さなフラワーアレンジメント。
おそるおそる差し出したそれを、桂さんは不思議そうな顔をしながら受け取った。そっと顔を寄せ、香りを確かめてから、くしゅっと気の抜けたように笑う。
「いらっしゃいませ。どのようなお花をお探しですか?」
「お見舞いで……長く入院している方に贈るものなんです」
あら、お見舞い。店員さんはそう繰り返すと、少し首をかしげて店頭に並んだお花を何本か手に取る。
「それなら、フラワーアレンジメントがおすすめですね。お見舞いはこれから行くご予定で?」
「はい、そのつもりです」
「それならすぐにお作りいたしますよ。イメージの写真や、お花のご希望はありますか?」
言われてようやく、なんの考えも用意しないまま来てしまったことに気がついた。イメージ。イメージ。……正直、どんなお花でも彼に似合いそうで、逆になんにも浮かばない。
「ええと……おまかせで」
申し訳なさそうに小声で言うと、店員さんは少し笑って傍らの雑誌に手を伸ばした。色々なお花が詰め込まれたフラワーアレンジメントの写真を片手に、次から次へとお店のお花を慣れた手つきで選んでいく。
完成まで座って待つよう促され、私は傍の丸椅子へ腰かけた。店員さんはお花を抱えて奥の作業台へ向かうと、
「あらやだ。机の上が《《おおばら》》だわ」
と言って、上に散らかる荷物を除けた。
退院されていたらどうしようかと思っていたけど、彼はまだこの病院にいるらしい。受付の女性は私を見るなり心からほっとした顔をして、
「どうぞ、最上階へ」
とエレベーターのボタンを押してくれた。
相変わらずの高級ホテル感。先日何気なく宿泊費用を調べたけど、文字通り目玉が飛び出るような金額だったのは言うまでもない。
奥の部屋の扉をノックする。ややあって、ひどく不機嫌そうな「何?」という声が聞こえてきて、私は心を奮い立たせるように腕の中のお花を抱きしめた。
「おじゃましまーす……」
扉を開け、ゆっくりと部屋を見回す。
彼は――桂さんは、ベッドの上に横たわったまま私の方へ顔を向けた。
久々に見る天使の顔。ガラス玉みたいにきれいな瞳が、私を見るなり幽霊でも見てしまったみたいに見開かれる。
「なんで」
「お、お久しぶりです」
桂さんが身体を起こすと、彼の膝に乗っていたタブレットがずるりとベッドの上へ落ちた。
シーツにぎゅうと爪を立てて、桂さんは私の顔を凝視する。それから、ふいに顔を歪めると、
「もう、来ないのかと思った……」
ほとんど消え入りそうな声で、絞り出すようにそう言った。
あまりにも切ない姿に胸がぎゅうと痛み出す。私が椎名くんに送迎してもらっている間、彼はたったひとり、この部屋でずっと待っていてくれたのかもしれない。
「すみません。ちょっとその、ストーカーのことでバタバタしてて」
「そう。そっちは落ち着いたの?」
「はい、おかげさまで解決しました。それで……これ、駅前のお花屋さんで作ってもらったんです。良かったら」
鮮やかなオレンジ色を中心に、色とりどりの花が詰め込まれた小さなフラワーアレンジメント。
おそるおそる差し出したそれを、桂さんは不思議そうな顔をしながら受け取った。そっと顔を寄せ、香りを確かめてから、くしゅっと気の抜けたように笑う。