幸せでいるための秘密
 目が覚めてすぐ、身体の違和感に気がついた。

 喉がカラカラに乾いている。全身が鉛のように重い。

 胸に渦巻く不快感を堪え、とりあえず身体を起こそうとする。すると、腰回りにまとわりついていた温かなものが、私の背中をなだめるようにひと撫でした。

「おはよう」

 頭上から声。

 おそるおそる顔を上げる。

「い、……樹くん」

「うん」

 ずっと早くから起きていたらしい樹くんの穏やかな笑み。

 差し込む朝日に照らされる素肌の逞しく鍛えられた様に、昨夜の姿を思い出して一人で赤面してしまう。昨日はその、すごかった。自分のものじゃないような声がひっきりなしに漏れていたし、途中から完全に意識を飛ばしてしまったような気がする。

(なんか、既視感があるなぁ)

 そうだ。彰良の家を飛び出した日の夜、記憶をなくすほど酔っぱらった私は、樹くんを抱き枕にしてそのまま眠ってしまったんだ。

 その時も確かこんなふうに、目が覚めると同時に樹くんの声を聞いた。そして一気に青ざめたんだ。私、やってしまったんじゃないか、って。

(あの頃はまさか、本当に樹くんの恋人に戻るとは思わなかったな……)

 いろいろな出来事があっという間に過ぎ去って、気づけば私は再びこの家に戻ってきた。

 でもこれで、大きな問題はすべておしまい。これからはもう、ただ穏やかな日々が淡々と続くだけのはず。

「思ったより声がひどくない」

 流れゆく走馬灯に思いを馳せていると、樹くんの長い指が私の喉を軽くさすった。

「もっと無理させてもよさそうだな」

「だめ、絶対だめ」

 あのね樹くん、気絶と睡眠は似ているようで別物なんだよ。

 あんなのを毎晩のようにされたら確実に私の身がもたない。もちろんその、嫌だとか不快とかいうわけではなくて、……むしろ良すぎて戸惑ったほどだけど、体力の限界というのは気持ちとは別の問題だ。

「し、仕事いかなきゃ」

「今日は祝日だ」

「あれ、そうだっけ?」

「ああ。だから大丈夫」

 起き上がりかけた私の身体に逞しい腕が巻きついてくる。

 ぎゅうと優しく抱き寄せられて、地肌に直接体温を感じた。あたたかい。事後の気だるさがよみがえり、私は樹くんの胸に寄りかかると再び枕に顔をうずめる。

「……眠たい」

「ああ」

 首を彼の方へ向けると、小さなリップ音とともに優しいキスが降ってきた。

 まぶたが落ちる。抗い切れない安心感に、私の全身が深く深く包まれていく。

「俺も、眠い」

 時計の秒針が動く音が聞こえる。

 せっかくの貴重な祝日が、刻一刻と過ぎていく。

 でも不思議と、もったいないような気はしない。

(お休みの日を恋人とベッドで過ごすだなんて、ちょっと贅沢でいいかもしれない)
< 93 / 153 >

この作品をシェア

pagetop