婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける

第5話

 数週間程の時間が過ぎた。
 それだけの時が経てば、家の記憶もおぼろに変わる。そうであって欲しかったが、全く嬉しいことに違うようだ。
 かつての従者達は全て従順だった。ある意味非常に優秀だった事だろう。
 父の行動に何の疑いもなく従ってしまうのだ。所詮捨て子に気を向けるはずはない。
 全ての人間がその顔に微笑みを張り付けているのだ。
 
 いつになったら消えてくれるのか? 記憶に意思は介在(かいざい)しない。

 
 庭先に花が咲いた。残念ながらその名前は分からない。ただ、手を加えたその庭の見栄えはある程度よくなっているだろう。
 一時期沸き続けた苛立ちもすっかり鳴りを潜めた。そうなってくると感じるものがある。

 この屋敷に吹く風が気持ち良い。森の木々の合間を縫って吹き付ける。
 鳥の声や虫の音すら聞こえてくるような気がする。
 空を見上げると雲が流れていく。
 日差しが強くなってきただろうか? 暖かさを感じるようになってきたかもしれない。
 季節の変化を感じられるようになったのだから、人間となってきた証左(しょうさ)になるのではないかと思う。

 何より、これは私の心の拠り所がこの屋敷を選んだ。この襤褸(ぼろ)ついた家が今は愛おしい、本当に。
 そしてその襤褸も、最近は着飾るようになった。
 数週間、言葉の上では単純な時間だが体感は違う。かつての幽霊の住処のような邸宅ではないと胸を張れるようになってきた。
 これも全てはウイル様の頑張りあってこそ。
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