婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
「ふん、どうした。森で暮らし始めたと聞くが、それで人付き合いの仕方を忘れたのか? 礼儀など何処へ行ったのだ?」
「黙れっ! 俺は今すぐにでも貴様を殺してやりたい気分なんだ。貴様が仕出かした事を考えれば、当然の事だろう!!」
「知らんな。何の事だか? さて、では用件を早速済まそうではないか。生憎とお前と違って忙しいのだ、次期王たらんとするには、色々と学ばねばならぬ事が山ほどにあるのだから」

 余裕の表情。それを見て、ウイルの苛立ちは頂点に達する。
 握り締める拳には力が入り過ぎて、血の気が引いていく程だ。
 歯ぎしりをしながら、目の前の男に視線を向ける。
 邪知に尽くし、暴虐に走るを厭わない。
 その陰で、一体どれほどの涙が流れた?
 この男は、一人の女性を強引に物にし、そして捨てたのだ。
 その尊厳を貶め、辱め、森の奥へと追いやった。許せるものでは無い。絶対に。
 怒りに震えるウイルを尻目に、ラーテンは手に持っていたグラスを空にする。

「さあ、話の続きといこうか。それで、返事はどうした? お前程度に寛大な慈悲を与えた俺の器の大きさを褒め称えたいのなら、いつでも歓迎しようではないか。あっはははは!」

 笑い声を上げるラーテンを前にして、ウイルは怒りを抑えきれない。
 その身を震わせながら、言葉を紡ぐ。

 ―――ああ、そうだ。この男だけは、許されてはならない。

 とっくの昔に決まっていた決意が、今再び固まる。

「いいだろう。俺の答えなど当に決まっているが、敢えて聞かせてやる。――『我々』は降伏などしないッ!」
「ふん、つまらん奴だ。どこまでも愚かだったよお前は。この俺の言うことが聞けないというのなら、仕方がない」

 ラーテンは立ち上がり、指を鳴らす。
 途端に部屋へ雪崩込んでくる騎士達。

「せめて、来世とやらでは賢く生まれてくるのだな。さあ我が先鋭たる騎士達よ、この部屋を血で汚す事なく速やかに始末したまえ。……ふははははははッ!!! 愚鈍な輩の末路に相応しい、実に無様な光景だ!!」

 無謀の一言が似合うこの状況で、それでも剣を引き抜かざるを得ない。
 退路は既に断たれた。いや、ウイル自ら断ったのだ。
 ただ、ほんの少しばかりの悔いは愛しい者の温もりを、二度と感じる事が出来ないということ。

 ――さらばだ、ウイル・ロゥ・ラステ・コルスタル。そして、サラタ殿……ッ!!
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