婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
 その日は、朝からずっと嫌な予感に苛まれていた。
 いやに日が立って、気持ちのいい天気だったのに。
 ウイル様が朝出かけてからずっと。胸のざわめきに吐き気すら促される。
 彼の人は言った、今日は大人しく家にいて欲しい、と。
 何故、彼はそう言ったのか? 私はそれが分からない程、馬鹿ではないつもりだ。
 きっとウイル様は、何か大切なことをするに違いない。
 だとしたら、それを邪魔するのは私の本意では無い。
 ……だけど、やっぱり不安になる。
 今にも扉が開いて、ウイル様が帰って来て下さるのでは? 
 そうは思えど、ただ苦しい。

 夕方になった。夕日は傾き、部屋に赤を灯す時間。
 しかし、未だあの方は戻って来てはいない。
 息が苦しい。頭の奥で何かが激しい警告を鳴らしている。
 私に動けと命令しているようだ。
 あの方の言いつけを破ってまで、私に足を動かせと命令してくるのだ。

 もう何度目だろう? 悩みは不安を増大させ、私に静寂を滅ぼせと訴える。

 ――もう無理だ。
 
 屋敷を飛び出した。何処へ行くのかわからない。ただ、私に命令するこの頭脳が、何処かへ向かって走れと言っている。だから、従う。従う他に許されないのが今の私で、その命令に支配されなければならない。
 馬小屋に向かい、手綱を掴む。
 馬の扱いなんて知らないけれど、そんなことは関係ない。
 今は兎に角走らせなければ駄目なのだ。

 ――急げ!!
 
 頭痛がそう言った。
< 22 / 34 >

この作品をシェア

pagetop