婚約とは安寧では無いと気付いた令嬢は、森の奥で幸せを見つける
「そのような物言いが、貴女に相応しいとは思わない。ここは我が儘を通させてはくれまいか?」
「……わかりました。それが貴方の本位であれば断る事は出来ません」

 暖かな手は、頬から離れて冷たい盥の水の中へと沈んでいった。
 
「俺は、必要以上に自分を卑下する人間は苦手だ。特に、それが貴女のような美しい人ならば尚更」
「お戯れを。しかし、今度からは気をつけましょう」

 私を見つめる彼の瞳には、何やら不思議な色があるような気がした。
 それはとても美しく見えて、同時に恐ろしくもあるように感じられて、つい目を伏せる。
 何故か心を見透かされたような気分にさせられ、ざわつく。障ると表現しても良いかもしれない。
 臭いものに蓋をするべきだ。不用意に開けるべきでは無い。しかし、無駄に拒絶などする気も起きない。
 美しい瞳には美しい物だけが映れば良い。相応しきには相応しきを。

「覚えていて欲しい事は、私の立場にございます。そればかりはお忘れなきよう」
「元がどうであったかは聞かない。だが、今の俺達に何の違いもありはしない」
「それは……」
「そうありたい。貴女が否定しようとも」
「わかりました。ならばこちらも肝に命じます」

 果たして彼は理解をしているのか?
 魔女と対等であろうとするなど、正気を疑われる愚行なのだと。

 ひとつ事実なのは、私達の奇妙な生活は続いてしまっている。
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