神様の寵愛は楽ではない

1-4、

 「お前は、神か、悪鬼か……」
 しわがれた烏の鳴き声のよう。

 白濁した目に残っていたわずかな光さえも、男は躊躇なく奪う。
 黒く塗りつぶされるように消えゆく視界から、美奈が最期に見たのは先ほどまで美奈だったものを見下ろすさめた双眸。
 己の仕掛けた遊びにも、玩具が壊れてしまえば終わりなのだ。 
 どれだけ長く生きたら、その人ならざるものは存在することに倦むのだろうと美奈は苦痛と絶望のなか思う。


 「傲慢な娘よ!おまえのご自慢の美は血肉からことごとく消え失せたぞ。
 これからは美ではなく、違うもので愛を得るがよい。
 幾千ものとるにたりない命を生き直し、川辺の石ころのように川に洗われて、醜い魂を磨き続けよ!
 美でないもので愛を得つづけることができるならば、いずれこの呪いも解かれるだろう」

 くすり、くすりと笑う気配。

「……ご主人さまもご酔狂なことでございます。人の魂に呪いを刻んで遊ぶなど。暇つぶしもすぎるのではありませんか?」

 別の何かの声。
 野太い、犬の声?
 それが、世間話をするようにたんたんと話す。
 二つの気配は何事もなかったかのように遠ざかっていく。



 ……そうして。
 天上人に請われた美貌の娘はもうどこにもいなくなりました。
 月明かりが眩しく照す豪商の巨大な庭の一角には、もはや何であったかもわからない醜い肉の塊が打ち捨てられておりました。
 わずかに救いといえるのは、娘がこの商家に来てから一度も顧みなかった実家の母が、庭師に頼み込みこそりと植えた桜木だけが、満開の花びらを、はらりはらりと涙のように落としてゆき、無残なむくろになった娘をなぐさめるように癒すように、覆い隠していったこと。

 それはそれは美しく、桜の花びらの婚礼衣装のようでありました……。


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