初恋カレイドスコープ
*
台車を押して倉庫から戻る途中、颯太くんの姿を見かけた。何やら嬉しそうに頬を緩ませ、細身の男性と話をしている。
「あっ、凛さ、……高階先輩!」
ぱっと花開くように微笑む颯太くんの隣で、男性が私の方を振り返り怜悧な目元をかすかに緩めた。あれは、青木副社長。下っ端にも気さくに話しかけてくるとは聞いていたけど、実際にその姿を目の当たりにしたのははじめてだ。
「……ふふ、松岡君。今の反応はちょっと露骨ではないか?」
「えっ、何がです?」
「高階君をファーストネームで呼ぼうとしていたじゃないか。それに表情も、餌を前に大喜びする子犬のように見えるがね」
指先で眼鏡を上げた青木副社長に、颯太くんは頬を染めてはにかんでいる。やめてくださいよ、と恥ずかしそうに笑う姿には、彼から青木副社長へ向けられた確かな信頼が垣間見える。
「実は今、好きになってもらおうと頑張っている途中なんです」
強気に微笑む颯太くんに、私はなんだかいたたまれない気持ちになって深くうつむいてしまった。確かに私たち、今は一応『お付き合いのお試し期間』をしている最中だけど。
食事をしたり、休日に出かけたり……一緒の時間を過ごす中で、明らかにその先へ進みたそうな熱っぽい彼の眼差しに、私は未だ、はっきりした答えを出せずにいる。
「眩しい若さだね」
青木副社長は茶化すわけでもなく、本当に穏やかに目を細めている。いつも厳しく仕事をしているイメージが強かったから、その表情の柔らかさには良い意味で少し驚いた。
私がまじまじと顔を見つめていることに気づいたのか、青木副社長は私の方へゆっくり身体ごと向き直る。少し身構えた私に、青木副社長はあくまでも落ち着いた声で、
「高階君」
と語り聞かせるように口を開いた。
「松岡君は大変優秀で、営業課時代の君に勝るとも劣らない成果をあげている。我が社における新進気鋭の逸材と言ってもいいだろう」
「……はい」
「私も彼のことは前々から注目していてね。今度の私主導の企画でも、先頭に立って働いてもらおうかと考えているところなんだ」
青木副社長主導の企画? そんな予定あっただろうか。
訝しく思う私の方へ一歩、すり寄るように足を進め、
「見た目だけが取り柄の軽薄なボンボンより、私は彼をおすすめするよ」
副社長は囁くような声で、私の耳元でそう笑った。
背筋にひやりとしたものが走る。思わず睨むように見上げてしまった私の視線を、青木副社長は眉ひとつ動かさず静かな笑顔で受け流す。
「社長代理ってボンボンなんですか?」
「彼の父親は不動産会社の経営者、母親はどこぞの社長令嬢。そして姉は知っての通り、あのじゃじゃ馬の女社長だね。金ばかりは潤沢な家で育ったために、鼻持ちならない人格が形成されてしまったらしく、幼い頃から敵は多かったようだ。昨今、幼少期の写真が拡散されているのも、おそらくそのせいなのだろう」
「へえ、そうなんですか」
「長じてからは女性関係の噂がとにかくよく目立つ。今表に出ている告発以外にも、彼に物申したい女性がまだ数名控えているらしい。まったく、姉弟揃って下が緩くて困ったものだ」
台車を押して倉庫から戻る途中、颯太くんの姿を見かけた。何やら嬉しそうに頬を緩ませ、細身の男性と話をしている。
「あっ、凛さ、……高階先輩!」
ぱっと花開くように微笑む颯太くんの隣で、男性が私の方を振り返り怜悧な目元をかすかに緩めた。あれは、青木副社長。下っ端にも気さくに話しかけてくるとは聞いていたけど、実際にその姿を目の当たりにしたのははじめてだ。
「……ふふ、松岡君。今の反応はちょっと露骨ではないか?」
「えっ、何がです?」
「高階君をファーストネームで呼ぼうとしていたじゃないか。それに表情も、餌を前に大喜びする子犬のように見えるがね」
指先で眼鏡を上げた青木副社長に、颯太くんは頬を染めてはにかんでいる。やめてくださいよ、と恥ずかしそうに笑う姿には、彼から青木副社長へ向けられた確かな信頼が垣間見える。
「実は今、好きになってもらおうと頑張っている途中なんです」
強気に微笑む颯太くんに、私はなんだかいたたまれない気持ちになって深くうつむいてしまった。確かに私たち、今は一応『お付き合いのお試し期間』をしている最中だけど。
食事をしたり、休日に出かけたり……一緒の時間を過ごす中で、明らかにその先へ進みたそうな熱っぽい彼の眼差しに、私は未だ、はっきりした答えを出せずにいる。
「眩しい若さだね」
青木副社長は茶化すわけでもなく、本当に穏やかに目を細めている。いつも厳しく仕事をしているイメージが強かったから、その表情の柔らかさには良い意味で少し驚いた。
私がまじまじと顔を見つめていることに気づいたのか、青木副社長は私の方へゆっくり身体ごと向き直る。少し身構えた私に、青木副社長はあくまでも落ち着いた声で、
「高階君」
と語り聞かせるように口を開いた。
「松岡君は大変優秀で、営業課時代の君に勝るとも劣らない成果をあげている。我が社における新進気鋭の逸材と言ってもいいだろう」
「……はい」
「私も彼のことは前々から注目していてね。今度の私主導の企画でも、先頭に立って働いてもらおうかと考えているところなんだ」
青木副社長主導の企画? そんな予定あっただろうか。
訝しく思う私の方へ一歩、すり寄るように足を進め、
「見た目だけが取り柄の軽薄なボンボンより、私は彼をおすすめするよ」
副社長は囁くような声で、私の耳元でそう笑った。
背筋にひやりとしたものが走る。思わず睨むように見上げてしまった私の視線を、青木副社長は眉ひとつ動かさず静かな笑顔で受け流す。
「社長代理ってボンボンなんですか?」
「彼の父親は不動産会社の経営者、母親はどこぞの社長令嬢。そして姉は知っての通り、あのじゃじゃ馬の女社長だね。金ばかりは潤沢な家で育ったために、鼻持ちならない人格が形成されてしまったらしく、幼い頃から敵は多かったようだ。昨今、幼少期の写真が拡散されているのも、おそらくそのせいなのだろう」
「へえ、そうなんですか」
「長じてからは女性関係の噂がとにかくよく目立つ。今表に出ている告発以外にも、彼に物申したい女性がまだ数名控えているらしい。まったく、姉弟揃って下が緩くて困ったものだ」