初恋カレイドスコープ



 会社の様子がおかしい、と。

 最初に気づいたのは社長代理と廊下を歩いている時だった。窓際で談笑していた社員たちが、社長代理の姿を見るなり目を見合わせて口をつぐむ。そうしながら、何かを示し合わせたように、ニヤニヤと目線で笑い合う。

 何か聞かれたくない噂話でもしているのかと思ったのだけど、そういうことが二度三度続けばさすがに気がかりになってくるもので。

「考え過ぎよ」

 鮫島先輩は言う。

「楽しいお喋りを不用意に聞かれたくないのは自然な気持ちでしょう? ましてそれが、社長代理ならなおさら」

「どうして、なおさらなんです?」

「だって考えてごらんなさい。今、社長代理とうかつに関わりを持ってしまったら、妙な連中の矛先がこちらへ向かうかもしれないじゃない。自宅まで追いかけられたり、ところかまわずカメラを向けられたり……ああいう面倒事を避けようと思うなら、何よりもまずその元凶から距離を置くのが一番ですからね」

 ……元凶って、社長代理のことを指しているのかな。言おうとしていることはわかるけど、なんだか嫌な言い方だ。

「そういえば小耳に挟んだのだけど、あなた、営業課の松岡君と付き合い始めたんですって?」

 明らかに可笑しがるような微笑みに、私は引き攣り笑いを返す。相変わらず情報が早い。

 遅かれ早かれ、いつかは鮫島先輩の耳には入ってしまうだろうとは思っていた。でも、できればあまり会社でそういう話題に触れてほしくない……なんて、この人に向かって言う勇気があるはずもない。

「……まだ、そういうわけでは」

「そうなの? 松岡が持ち帰ったんですよ、なんて、私の後輩が悔しそうに言っていたのだけど。……まあ、いいわ。貴女が楽しかったのであれば」

 私の浮かない表情を見とめ、鮫島先輩はティーカップへ手を伸ばしつつそこで言葉を切り上げる。

 颯太くんは良い人だ。顔もかっこいいし背は高いし、優しくて仕事ができて、何より私を好きでいてくれる。

 彼の想いにきちんと応えれば、私はきっと幸せになれる。……そう、わかっているのだけど。

「今度、青木副社長の新企画の船出を祝って、お店をひとつ貸し切って激励会を開く予定なの」

 スマホのスケジュールを開きながら、鮫島先輩は艶然と微笑む。

「よければ貴女もどう? もちろん、松岡君も一緒に」

「私もですか? 私、その企画にはまったく関与していませんが」

「いいのよ。青木副社長は、ゆくゆくは貴女にも参加してもらいたいと思っているようだから」

 副社長自ら主導する企画なのだから、きっと大規模でリターンの多いものとなるに違いない。社長代理からその手の話が聞こえてこないのが不思議だけど、やはりあの二人の間には何か確執があるのだろうか。

(わざわざ断る必要はないけど、正直少し面倒だな)

 何か良い断り文句がないか悩んでいると、

「デジタル戦略室へ行きたいんだけど、手が空いている人いる?」

 と、社長室から社長代理が足速に姿を表した。
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