初恋カレイドスコープ
「凛さん」
ためらい気味な声で我に返る。顔を上げ、それからキッとまなじりを吊り上げた私を見て、颯太くんは先ほど同様のかすかな笑みを浮かべている。
「……どうして先に教えてくれなかったの」
「すみません。でも、本当のことを話したら、凛さんはきっと来てくれないと思って」
当たり前だ。私は独立の話なんて知らなかったし、そもそも今の会社を辞める気なんて毛頭ない。
新しい企画の激励会と聞いたから渋々参加したはずなのに、いつの間にかとんでもないことに巻き込まれてしまった。歯噛みする私の隣で、颯太くんはいやに真剣な面持ちで私の顔を見つめている。
「だまし討ちみたいにつれてきたのは、悪かったと思ってます。でも俺、間違ったことは何もしていないつもりです」
「……どういうこと?」
「凛さんは会社を離れた方がいい。あの社長代理から距離を置かないと、いつまで経っても何も変わりませんよ」
何も飲んでないはずの胃袋が苦しげに蠢くのがわかる。
私の額ににじむ汗を落ち着き払った瞳で見据え、颯太くんは感情を込めない淡々とした言葉で続ける。
「今の凛さんは社長代理のセフレだった頃と同じです。あの人の言葉に一喜一憂して、ひと気のないところに連れ込まれても手を振り払うことすらできない。それでまた泣かされて……正直見ていられませんよ」
「…………」
「もうやめたい、前に進まなきゃって、自分で言ってたじゃないですか。本当に変わる気ありますか? 一生このままでいたいんですか?」
それは……わかってる。私は何も変わってない。
社長代理の顔を見るたびに、眠らせたはずの心が疼く。彼のために何かしたいと、理性ではなく心が叫ぶ。
椎名玲一の隣に私の幸せは存在しない。そう思ったから別れを告げた。
それなのに……私の足は立ち止まったまま。未だに手の届かない月の背を物欲しそうに見つめるばかり。
「自分の幸せを見つけに行きましょうよ。……俺と、一緒に」
颯太くんが私の手を握る。
彼と一緒に会社を辞めて、青木副社長の独立に参加すれば――社長代理と物理的に距離を置けば、こんな私でも変われるのだろうか。
(ここにはない私自身の幸せに、一歩でも近づくことができるのかな)
そのときだった。