初恋カレイドスコープ

 バンと大きな音がして、ドアのベルがけたたましく響いた。秋の夜の冷たい風が一気に部屋へ吹き込んできて、突然の物音に面を上げた社員たちの表情を次々に凍りつかせていく。

 私もまた同様に顔を上げて――そして同じく、絶句した。今ドアを開けて入ってきた人は、間違いなくこの場にいるべきではない、招かれざる客だったからだ。

「どーもどーも、皆さんお揃いで。楽しそうでいいことだ」

 社長代理、と、誰かがうつろな声で呼ぶ。

 青木副社長も、鮫島先輩も、愕然と目を見開いたまま。さきほどまでの歓談が嘘のように、文字通り凍りついた部屋を見回し、社長代理は端正な顔にニィと嫌味な笑みを浮かべる。

「おっと、どうしたの? 別におしゃべりしてていいんだよ。俺はただ、お前らがどんな顔して飲んでるのか気になって観に来ただけなんだから」

「しゃ……社長代理」

「そんな呼び方するなよ。これから一斉に会社を辞めてやろうって奴らがさ。新しい本社はどこの予定? 横浜? それとも、ネイルサロンの第一号店を出す予定の藤沢あたりかな? うちのサロンの斜向かいの空き店舗、そのためにわざわざ押さえたんだろ」

 鮫島先輩が顔色を変える。

 ギッ、と音の鳴るほど奥歯を噛みしめた青木副社長を見下ろし、社長代理は肩をすくめるとそのまま店内へ足を進めた。

「なんでそんなに驚いてんの。まさか俺が何も知らないと思った? お前らがうちの内部情報を盗んで独立しようとしてることなんて、とっくの昔に把握済み。これまで泳がせておいてやったのは、お前らを確実に追い詰めるための証拠をずっと探していたからだ」

「…………」

「ノートパソコンをちょろまかしたのは鮫島だな? リース品の管理台帳は全部お前の管轄下だ、端末一台分くらい書き換えるのは簡単だっただろ」

 鮫島先輩が座るソファの背もたれに腰かけて、社長代理は大きな声で歌うように話を続ける。

「ずっと疑問だったんだよ。お前らが自分の端末を使わずにどうやって専用線に接続し、うちのデータを盗み出していたか」

「…………」

「デジタル戦略室に調べさせても不正アクセスの形跡はない。お前らの端末の履歴を調べても同じ。逆に言えば、その方法さえ押さえればお前らを一網打尽にできると思って、今までずっと我慢してきたんだけど」

 長い足を組み替えながら、社長代理は冷ややかに笑う。

「機械室を隠し部屋として使うなんて盲点だったよ。夏場はつらかったでしょ? あそこ冷房ないからさ」

「……わ、私は」

「ところでお前、削除したデータは簡単に復元できるって知ってる? あの端末見させてもらったけど、今回の独立に関する資料がバカみたいにたくさん出てきたよ」

 言いながら、社長代理はポケットに手を入れたままゆらりと立ち上がり、また周囲を睥睨しながら穏やかな足取りで歩き出す。

「そういえば、会計課の山本君だっけ? キミ、喫煙所に手帳を忘れていったでしょ。誰のものかを確認するために中身をちょっと見させてもらったけど……これもなかなか面白いことが書いてあったねえ?」
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