通学路
「あれ? うちの生徒だよな。何年だ?」

 信号待ちしていると背後から声がして、琴梨は思わず敬斗のベルトをぎゅっと掴んだ。
 遂にバレてしまったようだ。

「琴梨、俺の背中に寄りかかって」
「え?」
「早く!」

 敬斗が小声で言った。
 訳がわからないまま、琴梨は敬斗の背中におでこを付けた。

「二年の赤坂でーす」

 敬斗が振り返って返事した。

「赤坂か。お前、自転車通学が禁止なのは、もちろん知ってるよな?」
「はい、もちろん。今日だけっすよ。大事な朝練に遅刻しそうで……あ、けど、今はそれどころじゃなくて! すげえ急いでるんっす」
「どういうことだ? で、後ろに乗ってるのは誰だ?」
「二年の渡部琴梨っす。こいつ、腹の調子悪いって言って道端で真っ青な顔してたから、家に戻るより学校の方が近そうだったから、乗せてきたんっす」
「そうか。渡部、大丈夫か?」
「……はい」

 琴梨は顔を伏せたまま笑いを堪えながら、絞り出すような声で言った。

「とりあえず、今は渡部が最優先だな。じゃあ赤坂、頼んだぞ」
「はい」

 敬斗が猛スピードでペダルを漕いで、先生との距離をとる。
 琴梨は堪えきれない笑い声を敬斗の背中に押し付けた。

「上手くいったな」
「でも、敬斗は後で絶対に呼び出されるよ」
「俺は構わねえよ。今日、近道なんかしたから見付かっちまったんだよ。やっぱ明日からは、いつもの道通んねえとな」

 敬斗は反省どころか、全く気にしていない様子だ。
 腰に巻きつけた琴梨の腕を無意識に強く握っていることにも、気付いていないのだろう。恐らく落ちないように掴んでいたのだろうけれど、琴梨は身動きがとれずに困っていた。
 心臓のドキドキが敬斗に伝わってしまいそうな気がして、緊張で本当にお腹が痛くなりそうな気分だった。

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